フィギュアスケートの安藤美姫選手が、ことし4月に出産していたことが明らかになったあと、初めて記者会見に応じ、「出産後、スケートの楽しさが改めて分かった。競技者としてそのすばらしさを伝えていきたい」と心境を語りました。
安藤選手は、ことし4月に女の子を出産していたことが先月明らかになったあと、初めてとなる記者会見を5日、横浜市内で行いました。
この中で安藤選手は、「周りの人たちの支援があって育てることができている。父親については私の口からは言えない。これから1年、競技をしたあと相手の方とお話をしてどうするかまた考えたい」と話しました。
一方、競技復帰を決めた理由については、「おととしに引退してもよいと考えていた。ただ、応援してくれる人への感謝の気持ちがあり、がんばって競技者としてやっていこうと考えた」と話しました。
そして、「出産後に初めて氷に乗ったときにスケート靴がとても重く感じた。スケートをするのはすごいことなんだと感じ、その楽しさも改めて分かった。競技者としてそのすばらしさを伝えていきたい」と心境を語りました。
ただ、探しているコーチはまだ決まっていないということで、来年2月のソチオリンピックに向けては、「まだ出場できるような状態ではないし、100%、目標にすることができるかというと、そういう立場ではない」と話しました。
安藤選手は、ことし10月に横浜市で行われる関東選手権に出場を予定しています。
◆弁護士が同席 異例な会見
冒頭、安藤の代理人という今田瞳弁護士がテレビに向け、「会見の映像使用はスポーツニュース協会の認定番組に限定」、「使用期間は会見終了後24時間以内」など一方的に通達。テレビ関係者は「こんなことは今までに聞いたことがないですね…」と困惑の表情を浮かべた。
安藤が会見を行ったホテルの宴会場の使用料15万円は、取材に来た21社から7142円ずつ徴収。「(報道陣から)要請があった会見でも、場所代が発生したのは見たことがない」と話す関係者もいた。また、尖閣諸島問題で揺れていた昨年11月の中国杯で、日本代表選手の警備にあたったSPが、この日は安藤について回った。
【会見要旨】
このような機会をつくっていただき、ありがとうございます。1日に米国から帰国しました。コネティカット州でフリーの振り付けを終えて、SP(ショートプログラム)、フリーの曲目がすべて終わって、あとは練習のみです。いくつかショーもまだ残っていますので、いまはゆっくり練習して、ショーで(新プログラムを)滑るかもしれないので。スケートに関してはこれからも応援していただきたい。
この場をお借りして、わたし自身の気持ちというか、今日までの1日1日を振り返って、みなさんにご理解いただけたらなと思って、お時間をいただきました。
(7月1日にテレビ番組で出産を公表後)今日まですごくいろんな方に迷惑をかけてしまった。サポートしてくださっている方は、いまの現状を理解して手伝ってもらっていて、本当に感謝しています。ただ…、すごく言葉が分からないけど、関係者の方に対して、新聞社、テレビの方、ゴシップのマガジンの方が営業妨害にも値するような対応ですね、夜中に電話したり、わたし自身は公に出る立場なので受け入れてやっているのですが、ただ家族、親戚は公に出る立場ではないと思いますし、生活、仕事をきちんと持っているので、そういう方に失礼のあった報道…、わたし自身のやったこともあるけど、きちんとした対応をしていただきたい、というお願いをしたいです。
夜中の電話とか、関係者の実家の方に足を運んでいる方も多々いるので、失礼は本当にやめてほしいです。母に対しても、自分の母親には変わりないけど、公に出る立場ではない。いまではスーパーマーケットに行ったり、買い物に行くのでもずっと車で後をつけられたりするとか、渡米する時も何台か後ろから車でつけられたりとか、空港で待たれたりとかありましたので、普通の生活ができない状態にある。それをご理解くださって、やめていただきたい。それは生活からのお願いで、1人の人間でもあるし、いまは外に出られないし、毎日毎日、いろいろな方が待っている状態なので。スケート以外のところで生活もあるし、ちょっと悩んでいる。
あと父親の件ですけど、その件に関してはあちらのご家族もいらっしゃいますし、サポートしてくださる方もいるし、わたしの口から誰だという報告はしませんし、競技に復帰するということで、きちんと終わってから相手の方とはお話をして、きちんとしていくつもりです。わたしの周りの方、相手の方にも失礼は控えていただきたい。
あと7月1日にどうして報道したかというと、娘も公に出る立場でないし、ただ生を受けて1人の女の子として、きちんと生まれてきてくれた。「なぜ顔を見せないのか」という人も多いと思いますけど、日本は安全と言われているけど、誘拐とか、知らないところで殺人とかもあるので、そういうところから守りたいと思って顔を伏せている。
わたしと一緒で、彼女が公に出る立場になったら頑張らないといけない。でも1人の女の子として生まれてきたので理解してほしい。1人の人間として生まれてきて、ずっとこのまま(出産を)隠していると、表現は悪いかもしれないですけど、ずっとパパラッチの方に追いかけ回されて、そういった公表のされ方は避けたかった。
外をきちんと歩いて、日本はこういう国だよ、緑いっぱいのところを歩かせてあげたいと思い、(出産を)公表させていただきました。後ろからつけられたりとかはしょうがないけど、顔だけは載せてあげないでほしいなというのが、母親としてのお願いです。未来もあるし、彼女の素晴らしい人生の始まりだと思うので、それだけはお願いします。
−娘を出産し、母になってのスケートとの両立について
いろいろ大変ですけど、ことし1年は競技者として頑張っていくと決めています。いまスケートのことと半分半分、娘のことを一番に考えたいけど、日本代表としていままでやってきて、サポートしてくれる方も多い。応えられるように練習はしていますし、どの試合が与えられるか分からないですけど、競技者として日々過ごしています。
家に帰れば娘がいるけど、いまは環境が良くなくて、親戚や知り合いに預けたりしているけど、自分自身スケートをやっている間は家族だったり、親戚が娘を見てくれていて、そういう環境にあるのは幸せだと思いますし、出産を終えて、世の中のお母様方は素晴らしいとすごく尊敬していて、朝まで寝なかったりとか、それでも家事をして家を守ったりとか、尊敬の意を持っている。世界中のお母さんの仲間入りをしたいなあと、両方を自分なりに頑張りたいと思っています。
−赤ちゃんとのふれあいについて
娘と触れ合っている時は母親なので、スケーターはなしで。いろいろつらい時期もあの報道以降あったけど、彼女の力は本当にすごいな。疲れて帰ったり、悩んだりしても彼女がいるから踏ん張って頑張らないといけない、と思う。生まれてきてくれたことに感謝しています。
−今季のプログラムについて
曲名は振付師に伏せるように言われているので言えないです。ナターシャ(・ベステミアノワ)とイゴール(・ボブリン)、ロシアの振り付けの方が去年の10月の時点で足を運んでいただいて、今年の夏も日本に来て手直しをしました。
SP(ショートプログラム)はいまの自分には合っている。大きな意味を持った曲を選曲してくださった。自分自身を表現する、できる柔らかい曲です。
フリーはリー・アン・ミラーです。クレオパトラとかシニアに転向した時の振付師で、こちらは自分と彼女との思い入れのある曲にしました。フィギュアスケートをやってきて、ちょっと成長したなとか、転機のあった時期に使っていた曲をもう1度使っているので、その時とはまったく違った曲、すごく力強い曲なので、歴史に残る、安藤美姫というスケーターの中でいいプログラムにしたい。
(練習については)いまは外の環境がよろしくないので、練習も行けない状態で控えています。日本では夜に練習して、アメリカの練習は朝と夜に2回、3〜4時間です。それ以外はオフアイスの練習も。これからプログラムの方に入ります。(フリーの曲は)内緒です。自分を昔から知っている方はどうしてこの曲を選んだか分かってもらえると思う。
−コーチについて
1人声をかけていたコーチに話をして、最初はいいお答えをいただいてたけど、昨日の朝、返事をいただいて「ノー」だったので。また新しい先生を見つけようかなという段階。もう1人声かけたい先生がいる。決まり次第報告させていただきたい。
−今後、戻る上でジャンプ課題に
体の変化、筋力低下が影響していて、あまり本調子じゃない。3種類のトリプルはできて、サルコーは確率がいいので、あと2種類は、降りられるかなという感じ。毎日練習を積み重ねれば心配はしていない。最終的な大きな試合でジャンプを取り戻せることが目標。無理してけがしないことを第一にやっています。(体の)戻りはいいです。
−五輪を見据えて競技に戻った理由について
自分自身、いまは五輪に出られる状態ではない。まだ100%五輪を目標に持てるかというと、そういう立場ではないので。なんでまた戻ってくるのかというと、現役でもう1年と思ったかというと、11年の時点で引退してもいいかなと思ったんですが、日本って「引退します」と言ってから試合に出るパターンが多い。米国だと引退を発表して試合に出る選手は少ない。いろんな人に止められ、サポートしてくれた周りの方、応援してくれている方への感謝の気持ち、意志を持って1年臨みますと。
結果じゃない、自分の安藤美姫のスケートをまた競技の場で見たいという方がすごく多い。応援してくれる方の後押しがあって、いまの答えにつながっています。フィギュアやってきて、自慢できるものをやってきた気持ちがある。フィギュアスケートって本当に素晴らしいっていうのは伝えられると思うので。シンプルに頑張って競技者としてやっていこうと思った。ご理解してくださる方がいるなら、1年応援してください、の一言に尽きます。
−ブランクもあって生活環境も変わり、新たに気づいたスケートの良さ
小さい頃からスケート靴で氷の上でジャンプして、回るのが日常だった。いままでテレビ越しとか、ショーに足を運んで来てくれる方に「特別なことをしてる」と言われても本当にぴんと来なかったんです。
体の変化、出産を経て1日目に氷の上に乗った時は、靴もすごく重くて、バランスも悪くて、今まで味わったことない感じを受けました。スケートってすごいことなんだ、周りからの意見の気持ちを味わえた。初めて自分はすごいことをやっているんだと自信を持てた。無駄なことやってなかったんだと再認識できた。スケートの楽しさを一から見つけたという感じです。
ダブルまでは戻ったけど、トリプルはすごく苦労して、跳べた時は小さい頃を思い出した。ショーで滑る機会をつくってくださった方に感謝しないといけない。人の前で滑るすばらしさをかみしめられた。いまは、1試合目は緊張もあると思う。子ども時代に戻った感じでスケートを楽しんでいます。
−久々の試合、表現してみたいもの
ショートは自分を表現できればいい。フリーの方は思い入れのある1回使った曲で、違った印象持ってもらえるように、試合でもメッセージを伝えられるようにしたいです。技術は練習あるのみ。1試合目は10月だと思う。そこまでは100%に戻せるか分からないけど、努力して戻すぞという気持ちでやっています。