金縛りは主に就寝中、意識がはっきりしていながら体を動かすことができない症状を指します。体が締め付けられるような感覚からこう呼ばれます。
本来は仏教用語であり、その転用です。不動明王が持つ羂索(けんさく)の威力により、敵や賊(転じて煩悩)を身動きできないようにする密教の修法である「金縛法」(きんばく・かなしばりほう)を由来とします。
金縛りはどうして起こるのでしょう。
意識はあるのに脳の指令が届かず体が動かない! これは、浅い眠りのときに起こる一種の睡眠障害です。寝入りばなに起こりがちなのは睡眠リズムが乱れているからです。
睡眠から目が覚め、いざ体を動かそうとしても動けない、声も出せない、夢かと思うが意識は眠っていないようだ……。こんな現象から、「何か物の怪(け)にとりつかれたのではないか」という発想に結びついていました。かつては日本でも西欧でも、この世のものではない何物かが引き起こす超常現象のように考えられてきましたが、現代では「睡眠まひ」という睡眠障害の1つとされています。
睡眠には2つの状態があります。レム睡眠とノンレム睡眠です。レムとはRapid Eye Movementの頭文字からきています。直訳すれば素早い目の動き。目はつむって寝ているのにまぶたの下では眼球が活発に動いている状態からの表現です。体は眠っていますが脳は覚醒時と似た状態にあり、夢を見ることが多く浅い眠りです。ノンレム睡眠は、眼球は動かず脳も眠っている深い睡眠です。睡眠中はこのレム睡眠とノンレム睡眠を交互に繰り返すのですが、金縛りはレム睡眠のときに起こります。
レム睡眠中は脳は起きているのに、体は筋肉から力が抜けて全身が弛緩しています。脳波や筋電図の検査でそのような状態にあることがわかるようです。このとき何かの拍子で脳だけ完全に目が覚めて体を動かす指令が出ても、眼球を動かす筋肉と呼吸筋を除いては、その指令は脊髄で遮断されて筋肉に伝わらないことがあるのです。だから、意識は起きているのに体を動かせません。これが金縛りの正体、物の怪でも何でもありません。
金縛りは数秒から数分続きます。この間、目は少し動かすことができ、変なものが見えたり聞こえたりする幻覚を体験するとか、胸を圧迫されるような息苦しさを感じることも少なくないようです。その後、自然に体を動かせるようになりますが、体験した人にとっては夢ではなく現実に起こったことのように感じられますから、恐怖感や不安感を持ってしまうのも無理のないことかもしれません。
金縛りは、寝入りばなや途中で目覚めてしまうときに起こりがちです。睡眠のリズムは、まず深い眠りのノンレム睡眠になり、その後に浅い眠りのレム睡眠が現れるということを何回か繰り返します。寝入りばなに金縛りが起こるのは初めにレム睡眠になってしまうということで、何らかの原因で睡眠のリズムが乱れているといえるでしょう。疲れやストレスがたまっているとか、就寝時間が不規則で睡眠不足であったりすると金縛りが起こりやすいようです。
受験勉強などで睡眠時間が不足しがちな中高生や交代勤務のある看護師などに起こりやすいといわれるのもうなづけます。また、時差ボケの解消を急ぐあまり、睡眠リズムを到着地時間に無理やり合わせるようなことをすると起こることがあるともいわれます。金縛り体験をしたくなければ、夜更かしの習慣や慢性的な寝不足を改め、規則的な睡眠習慣を確立することが大切だといえそうです。
ものごとへのこだわりが強いとか妄想を抱きやすいなど性格的な傾向で金縛りにあいやすいものがあるとか、ある種の薬剤の服用との関係を指摘するむきもあります。また、日中耐えがたい眠気が起こる「ナルコレプシー」という睡眠障害でよく見られる症状でもあります。
金縛りになったとき、アメリカ人は宇宙人に拉致されたと思い、日本人は幽霊=霊(生死・種・機質などを問わない)のせいにしたりします。フロンティア精神に満ちたアメリカ人は外に、鎖国主義者の日本人は内に、その原因を求めているとも言えます。
こうした発想を仮説形成(アブダクション)と呼ぶそうです。(a)意識は起きているのに体が動かない(現象) (b)外部からの圧力があれば体は動かない(法則) (c)だから(今はいなくても)第三者(宇宙人・幽霊)がいたに違いない(仮説)、このように(a)の現象の原因を説明するため、最終的に(c)の仮説を立てているのです。しかし、体が動かない原因は外部からの圧力のほかにもあるわけです。そのため、(b)の法則の内容そのものは正しいとしても、その法則を思いついて、ここに当てはめるかどうかは推論する者のひらめきにかかっています。
ある女優も「それはその人がそうなのよ」という言い方で、日常の仮説形成を説明していました。(a)その男は女子競泳や女子体操・新体操。女子フィギュアスケート、女子テニスの中継番組を観る(現象) (b)変態はレオタードや競泳水着、パンチラなどに異常な興味を持つ(仮説)(c)だから、その男は変態である(仮説)、
(a)の現象の原因を説明するため、最終的に(c)の仮説を立てているわけですが、(b)の法則に関しては、マスコミが伝える性的犯罪者の属性としては正しいと思いますが、この(b)の内容は想像力の発揮される余地が大きいので、同時に「それはその人がそうなのよ」とする女優の見方も正しいわけです。
※アブダクション
起こった現象を最もうまく説明できる仮説を形成するための推論法のこと。仮説形成とも訳される。アメリカの哲学者パースがアリストテレスの論理学をもとに提唱し、帰納法、演繹法と並ぶ第三の推論法として、新たな科学的発見に不可欠なものであると主張した。日常的な例としては次のようなものがある。 (a)庭の芝生が濡れている(現象) (b)雨が降ると芝生が濡れる(法則) (c)だから(今はやんでいても)雨が降ったに違いない(仮説) ここでは(a)の現象の原因を説明するため、最終的に(c)の仮説を立てている。しかし、芝生が濡れる原因は雨のほかにも「夜露が降りた」や「誰かが水まきをした」などいくつか考えられる。そのため、(b)の法則の内容そのものは正しいとしても、その法則を思いついて、ここに当てはめるかどうかは推論する者のひらめきにかかっている。このようにアブダクションには、想像力の発揮される余地が大きいといえる。