日本のポップカルチャーが海外で支持されている現象を指す「クールジャパン」。その言葉が独り歩きしている。今こそ、と安倍内閣はクールジャパンを連呼し、500億円の予算を確保。メディアも機運を高め、政府を後押しする。しかし、政府が盛り上がるほど、クールジャパンの実像はぶれていく。そして、その本当の担い手たちの活躍はあまり知られていない。クールジャパンとは何か。「カワイイ」文化を広めようと吉本興業が奮迅するアジアの現場を追った。
3月30日に開催された「台湾スーパーガールズフェスタ(SGF)」。藤井リナがランウェーを歩くと大歓声が湧いた「キャー、カワイー!」「ダイスキー!」。つけまつげに巻き髪、派手なネイルでおしゃれに着飾った10〜20歳代の女性が日本語で叫んでいた。「こっち見て」「手を振って」と日本語で書かれた手作りのボードを掲げ絶叫する子もいる。
ここは台湾・台北の大型展示ホール。今年3月30日に開催された台湾最大級のファッションイベント「台湾スーパーガールズフェスタ(SGF)」の会場だ。約8000人の台湾人が熱狂したのは日本のファッションブランドに身を包んだ日本人の人気モデルである。
■アジアで支持を得る日本のファッション文化
オープニングを飾ったのは「snidel(スナイデル)」という日本のブランドのファッションショー。派手な演出とともに人気モデルの藤井リナがランウェーを歩くと、いきなり会場の黄色い声は最高潮に達した。
佐々木希、山田優、益若つばさ……。地元台湾の人気モデルも登場する中、歓声が一段と高まるのはいずれも日本人のモデル。「MERCURYDUO(マーキュリーデュオ)」「MURUA(ムルーア)」「LOWRYS FARM(ローリーズファーム)」と、日本の若い女性であれば当然のように知っている日本ブランドをまとい、会場を沸かせていた。
渋谷や原宿を流行の震源とする日本のガールズファッション、カワイイ文化は海を越え、その中核といえる人気ブランドのアジア進出も進む。特に台湾は多くの日本ブランドが出店しており、日本のブランドを集めたセレクトショップも盛況。カワイイ文化はすでに絶大な支持を得ている。台湾SGFの熱狂がその証拠。まさに「クールジャパン」を象徴するシーンといえる。
■拡大した「クールジャパン」
クールジャパンとは元来、日本育ちのポップカルチャーが海外でも人気を得ている現象を指す言葉だった。秋葉原に代表されるマンガやアニメ、ゲームなどの「オタク」文化、そして渋谷・原宿に代表されるファッション文化が代表格とされていた。
ところが2010年、民主党政権下の経産省が「クール・ジャパン室」を設置し、クールジャパンという言葉が国家戦略や政策に使われるようになって以降、様相が変わっていった。
クールジャパンは、コンテンツを触媒として国産品を海外に拡販する戦略を示す言葉へと変質。地方の食や伝統工芸、果ては国産自動車までもがクールジャパンとして扱われ、今やそれらを海外へ拡販する事業に税金が投入されている。
6月には、安倍政権の音頭で官民ファンド「クール・ジャパン推進機構(仮称)」が発足する見通し。予算は500億円。コンテンツやファッションに加え、食、伝統工芸、自動車など、海外に売り込みたい日本独自の製品や文化全般が投資対象として支援される。クールジャパンの定義や意味合いは拡大解釈され、結果、ポップカルチャーの存在感は薄れた。
一方で、本来のクールジャパンを盛り上げようと、政府の支援も助成金も受けず、民間だけで地道に取り組む企業や人がいる。冒頭はその1シーン。日本ブランドや日本人の人気モデルが歓声を浴びた台湾SGFを主催したのは、「お笑い」で知られる吉本興業である。
■目指すはカワイイ文化を届ける「インフラ」
台湾SGFのバックステージ。そこでせわしなくイベントを仕切る総合プロデューサーに隙をうかがって話を聞くと、彼女はこうまくし立てた。「なんで私がここにいるかっていったら、なんていうか日本のものが好きというか、日本ってすごいなって思ってたりしていて……。やっぱり日本のファッションもビューティーもすごいクオリティーが高いと思うし、日本が生んだ誇るべきカルチャーだと思う。でも、海外に向けて継続的にプロモーションできるメディアやPRできるインフラがないので、日本のものってなかなかエクスポート(輸出)できない。その道を、作りたいんです」
彼女の名は永谷亜矢子。「東京ガールズコレクション(TGC)」のチーフプロデューサーとして知られ、日本のカワイイを演出した第一人者である。
TGCは毎回数万人規模の観客を動員する国内最大級のファッションイベントで、永谷は2005年の立ち上げからプロデューサーとして関わった。09年にTGCの企画会社の社長に就き、名実ともにTGCの顔となった永谷だが、11年、吉本興業の事業会社よしもとクリエイティブ・エージェンシーに入社。海外にカワイイ文化を広める“伝道師”として活躍の幅を広げている。永谷は続ける。
■道を作れる会社はここしかない
「吉本興業には、番組制作力、PR力、マネジメント力、継続的なメディアリレーションがある。コンテンツを作って、プロモーションもできてと、横串でインフラになっている。台湾はじめアジアとのリレーションもある。私のやりたかったことができる会社は、吉本しかないんです。道を作れる会社はここしかない、と思ってやっているし、作ることが私の役割です」
永谷が目をつけたのはアジアの中でも日本文化の支持が高く、女性向け日本ブランドの進出も進んでいる台湾。もともと吉本興業はタレントのマネジメント事業や番組制作事業などで台湾に進出しており、12年5月からは台湾の放送局と衛星テレビ局「吉本東風衛視」を共同運営している。すでに現地に足場を築けていたことも、永谷を後押しした。
永谷は昨年4月、日本のトップモデル14人を引き連れ、台湾版のTGCともいえる台湾SGFを初開催。盛況に終わり、今年の2回目につながった。昨年と何が違うのか。永谷に聞くと、こう答えた。
■益若つばさが台湾の百貨店で「メーク指南」
「それはもうメディア展開の幅が違う。これだけ情報があふれているから『面』で攻めていかないと印象に残らないんですよ。イベントのよさは勝手に発表の場にできたり、勝手にメディアを呼んだりと、自由にコンテンツを作れるところ。でも、イベント単発だけだと絶対に(情報が)広がらない。何の意味もない。よっぽど仕掛けないと、瞬間風速で終わってしまう」
今年の台湾SGFには、テレビ、新聞、雑誌、ウェブなど地元メディア約300人が取材に訪れ、大々的に報じられた。しかし、これに満足しない永谷は、台湾SGFを中核とした緻密なメディア戦略を練っていた。その最右翼が、テレビ番組である。
4月19日夜に台湾で放送されたテレビ番組「美!少女聖典」では、益若つばささんが台湾の女の子を可愛く変身させた。「日本でもつけまつげはすごい流行(はや)っているんですけど、つけすぎちゃうと、逆に目が小さく見えてしまうんですね。だから、ナチュラルな感じにしながらも……」
台湾でも街角で人だかりができるほど絶大な人気を誇る益若つばさが、台湾の人気百貨店を訪れ、メーク指南。4月19日金曜、夜8時から台湾で放送された人気テレビ番組「美!少女聖典」の一コマだ。百貨店で見つけたカップルの女性のメークをその場でみるみると変えていく。派手なメークだった彼女はナチュラルに仕上がり、彼氏はご満悦だ。
■取材、収録、ロケを3泊4日に密集
ケーブルテレビが普及する台湾。この番組は有力ケーブル放送局、東森電視台の「東森総合」で「台湾の女の子をもっとオシャレに可愛(かわい)くしよう」をコンセプトに3月末から始まったばかり。毎週金曜夜のゴールデン帯の1時間番組で、初回放送のゲストは藤井リナ。2週目は田中美保、3週目は佐々木希と続き、先の4月19日放送ではスタジオに山田優と石井美絵子を招いた。
じつはこの番組、吉本興業と東森電子台との共同制作。吉本興業側の担当として企画やゲストのアレンジなどを仕掛けたのは、永谷だ。「日本のファッション、ビューティーが台湾全体を盛り上げているという状況を作るために、今回、イベントに出演してもらう人気のモデルさんには長めの3泊4日で来てもらった。その時間を活用して、テレビ番組の仕事もしてもらいました」
日本人の人気モデルが台湾の番組にレギュラーで出演することは難しい。しかし永谷は、台湾SGFの前後に向こう3カ月分の収録やロケを一気に固めることで、素材をためておいたのだ。
永谷が仕掛けたテレビ露出はこれにとどまらない。「娯楽百分百」や「女人我最大」など、他局の既存人気番組にも多くの人気モデルを出演させ、台湾の主要な一般紙、ファッション雑誌の取材もアレンジした。そのすべてを仕切った永谷は帰国後、舞台裏を明かしてくれた。
永谷氏は、「東京ガールズコレクション」のチーフプロデューサーを経て、吉本興業の事業会社よしもとクリエイティブ・エージェンシーに移った。「日本のタレントさんって台湾でもすごいニーズがあるんだけど、調整役がいなくて、結局、呼べていなかった。でも今回は、うちがあいだに入って出演交渉したり、番組企画も事務所さんのOKをもらえるように変えていったりしたことで、成立したんです」
■「プロダクトプレイスメント」でアピール
イベントを契機としたメディアの多面展開で、日本のカワイイ文化を強烈に印象づける――。これこそが永谷の真の狙い。ミソはタレントの露出を巧みに絡めながら、番組の随所にさりげなく日本のブランドや流行を入れ込んだことだ。
「今回、イベントに出展いただいたブランドさんの店舗でロケをしたり、そのお洋服をタレントさんに着てもらったり、日本メーカーの化粧品でメークをしたり、そういうことをさせてもらった。台湾でもテレビCMは切られちゃうんで、いかに商品を(番組本編に露出させる)プロダクトプレイスメントしていくかを考えないといけない」
永谷がこう話すように、例えば美!少女聖典の4月19日放送では、益若つばさが日本のブランドがそろう服売り場を歩きながらトレンドを解説。そこで見つけた若夫婦の妻を、今度は日本のブランドで服装を大変身させ、スタジオでは日本で流行っているヒールが透明のパンプス「クリアヒール」を山田優が紹介する。そんな具合で番組は進んでいった。
こうした企画に、永谷は微に入り細をうがち関与した。ここで永谷が気遣ったのは、現地の事情だ。例に挙げたのは、靴。日本だと、ヒールが高いインソールスニーカーやクリアヒール、ネオンカラーのパンプスが流行だが、道の舗装状態がよくない台湾ではフラットシューズが人気で、どの百貨店でも前面に出ているという。永谷は続ける。
「日本のカルチャーというか、スタイリング、イズムみたいなものを紹介する一方で、台湾の女の子でも実践できる、成立する形に落とし込んであげることが大事なんです。だから、例えば1つアイテムを変えるとフラットシューズにも似合ってこんなにかわいくなれる、みたいな企画だったりとか、無理せず学べるノウハウ企画みたいな方向に現場で細かく調整していった」
■動画サイトへの転載が当たり前の文化
ここまででも十分に戦略的だが、永谷のメディア戦略にはまだ続きがある。ウェブの活用だ。
台湾で検索エンジンのシェア65%を誇る「Yahoo!(ヤフー)奇摩」。ここに台湾SGFの特設サイトを設けた。独自取材で構成したイベントの映像をふんだんにアップしたほか、先のテレビ番組、美!少女聖典の過去放送分も次々にアップし続けている。当たり前のようにテレビ番組がネットにアップされる中華圏の文化を考慮した施策だ。
中華圏では、動画サイトの「YouTube(ユーチューブ)」や中国版ユーチューブ「youku(ヨウク)」にどれだけアップされ、見られるかが、人気番組か否かのバロメーターとなっている。特にケーブルテレビが普及し、100ほどの放送局が乱立する台湾では、視聴率が1%を超えれば「大ヒット」とされるほど視聴が分散している。
■「台湾ではやったモノは必ず中国でもはやる」
そのため、こうした動画サイトの映像が中国版ツイッター「weibo(微博、ウェイボー)」などを通じて口コミで広がり、後から番組が話題になることが多い。テレビ番組が無断でアップされると日本では削除対象となるが、台湾各局は事実上、容認している。
ウェブでテレビ番組を見る文化がある以上、自らウェブに映像を置き、SNSを通じた拡散を狙ったというわけだ。その先に見据えるのが中国大陸。永谷はこう説明する。
「大陸へのファッションの影響力は、香港より台湾の方が上。台湾ではやったモノは必ず中国でもはやるといわれているんですね。台湾で圧倒的に影響力があるヤフーに情報が流れれば、必ずウェイボにも流れて中国に伝わる。それを逆算して台湾でコンテンツを作ったんです」
「最初から中国大陸を狙って上海でイベントをやっても、ショーがありすぎて埋もれちゃう。しかも、コストが高いんですよ。タレントの出演料も、同じ台湾人が上海で仕事をするときは、台北の3〜5倍らしいです。もっといえば林志玲(リン・チーリン)とか中国で人気のタレントの8割が台湾出身。だから台北で作って、そこから大陸に落とし込む方がいい」
■中国市場へアピールした「JINS」
台湾市場だけを狙ったものではなかった台湾SGF。だからこそ、仕掛けの幅も広がる。象徴的な例が、台湾SGFに参加した日本ブランドの一つ、パソコン向けメガネでヒットを飛ばしたJINSによるステージだ。
台湾SGFのファッションショーの合間、安心亜(アンバー・アン)がステージ上でライブやトークを繰り広げ、日本人モデルに引けを取らない歓声を得ていた。中国でも人気の台湾人タレントで、ウェイボでは71万人ものフォロワーがいる。
そこで彼女が紹介したのは、オリジナルのメガネ。JINSが上海新店舗オープンに合わせ、安心亜とコラボレーションして作ったもので、中国で5月4日から発売されている。
JINSは中国に13店舗展開するが、台湾は未開拓で進出計画もない。にもかかわらず、台湾SGFに参加した。その理由をマーケティング室の木村正人リーダーはこう語る。
「中国での発売を前に、台湾から“ティザー(情報の小出し)”的にコンテンツを発信しようという試み。吉本さんには、安心亜さんとのコラボレーション企画そのものから台湾SGFでのプロモーションまでを支援してもらい、助かった」
2回目の台湾SGFは、約8000人の観客を動員し、盛況に終わった。
■海外向け通販サイトの売り上げが4倍に
かくして、3月末から4月にかけて、台湾では日本のカワイイ文化の情報があらゆるメディアを通じて同時多発的に流れた。その成果はいかほどなのか。東京で永谷に聞いた。
「美!少女聖典の視聴率はかなり健闘している。その番組MCをやっている女の子は中国でも仕事をしているんですけど、聞いたら、すぐに動画サイトに流れて、中国でも反応があったって。あとは、台湾SGFにも参加してくれたファッション通販サイトの『ZOZOTOWN(ゾゾタウン)』で海外デリバリーの売り上げが4倍になったりとか、スナイデルなどのブランドさんは中国での問い合わせが増えたりとか。結果を出せた、と思っています」
むろん、永谷の挑戦はこれに終わらない。カワイイ文化をまずはアジアに広める継続的なインフラを築くことがゴール。根底にあるのは、日本への愛着だ。
「企業なんで、もちろん利益はとらないといけないと思うんですけど、じゃあ、うちですべて囲って、うちだけのコンテンツを持っていこうなんてまったく思わない。うちが作った道を、みんなが使えばいいんですよ。使って、日本全体のいいものがもっと売れてくれればいいなって」
■「民間でできることをこつこつと」
クールジャパンを世界へ――。500億円を投じる国を挙げた戦略が大きく動き出そうとしているなか、民間が民間だけの力で獅子奮迅している事実がある。永谷の事業を後押しする吉本興業社長の大崎洋は、こう語る。
「いわゆる大衆芸能、ポップカルチャーというのは、国、行政とは関係ないところで、大衆とともに自分たちで作って、自分たちで稼ぐというシンプルなサイクルでビジネスが成り立ってきた。民間でこつこつやってきたし、これからもやっていくんだと思いますけれどね」
クールジャパンとは何か。クールジャパンの担い手は誰なのか。そこを見誤ると、「クール(かっこいい)」とはほど遠い、「寒い日本」になりかねない。
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ポップカルチャーとしてのクールジャパンと、官民ファンドとしてクール・ジャパンとが、両方並列して存在していたいいのではないかと思う。吉本興業社長の大崎洋も「いわゆる大衆芸能、ポップカルチャーというのは、国、行政とは関係ないところで、大衆とともに自分たちで作って、自分たちで稼ぐというシンプルなサイクルでビジネスが成り立ってきた。民間でこつこつやってきたし、これからもやっていくんだと思いますけれどね」といっているわけだし、裏返せばクールジャパンには二つの流れがあるとしているわけだから、その担い手は誰なのかと問うことは愚問だろう。