京都を代表するユニークな政策が、歴史的な風情がある美しい古都の景色を守るための「景観政策」。新たな局面を迎えつつあるようです。
【登場人物】
東太郎(あずま・たろう、30) 中堅記者。千葉県出身。人生初の「関東脱出」で京都支社に転勤し半年。取材時もオフの日も突撃精神で挑むが、時に空回りも。取材先の窓からの眺めに見とれてしまい、入室してきた相手に笑われた経験が何度かある。
竹屋町京子(たけやまち・きょうこ、25) 支社の最若手記者。地元出身、女性ならではの視線から、転勤族の「知識の穴」を埋める。支社ビルの屋上からは送り火の「大文字」「左大文字」が見えるが、職場フロアの窓からはビルしか見えず「イマイチ」。
岩石巌(がんせき・いわお、50) 支社編集部門の部長。立場上、地元関係者との交遊も広く、支社で一番の「京都通」を自任する。積雪があった日の、東山の風景はまるで水墨画。知人には「寒いのは京都だけじゃない。観光客が少ない冬にこそ、遊びにおいで」とアピール。
(登場人物はフィクションです)
■厳しい規制へ、残り1年
東太郎
暑さで仕事がはかどりません。取材先に向かうだけで汗だくで。
岩石部長
梅雨の時期は湿度も上がるしな。
竹屋町京子
なるべく建物の日陰を歩くよう心がけています。日焼けも嫌ですし。
太郎
同じく。
京子
そういえば最近、ビルや店舗の広告塔や看板が変わったり姿を消したりするのが目につきませんか?
太郎
三条京阪にある老舗食堂の看板も、以前より小さくなってたなあ。
部長
おっ、あそこの常連か? たいした観察眼だ。条例改正の影響だな。屋外広告のデザインや大きさ、高さ、色などについて、2007年に規制を強化したからな。
太郎
「新景観政策」というヤツですね。建物の高さ制限も強化して、全国的にも知られています。企業のコーポレートカラーも対象なので、観光客にも「全国一緒かと思っていたコンビニや銀行、ファミレスの看板の色が京都は違う」とネタにされます。でも、なぜ今になって変化が?
部長
ユニークな政策だけに、長い経過期間を置いてたんだ。来年8月末までで、これを過ぎると強制撤去の対象になる。残り約1年となり、いよいよ対策に乗り出す事業者が増えたというわけだ。
京子
条例改正時は資金難の中小事業者の反発もあり、大論争だったそうですね。飲食店の入り口でよく見かける、ピカピカ光ってる点滅式の照明もアウト。オフィスビルでも屋上の看板や窓を隠すような看板もダメですし。
・花街・先斗町(京都市中京区)も街並みに配慮して是正に取り組む(右は現在、左は昨年3月)
・三洋化成工業も条例に従い、昨秋に本社の屋上看板(写真左)を撤去した(右は撤去後)
部長
東京からの新幹線で鴨川を渡るときに左手に見えるのが、三洋化成工業の本社だが、屋上にあった社名看板も昨秋に撤去された。「ああ、京都だなあ」と感じるおなじみの風景だったから、一抹の寂しさもある。
太郎
普通は京都タワーか東寺の五重塔じゃないですか?
部長
経済記者の性なんだよ。
■表彰制度で「お手本」示すが……
太郎
で、違反はどれくらい残ってるんだっけ。
京子
市内には約4万カ所に広告物があるんですが、市の推計ではうち7割に当たる2万8千カ所です。
太郎
7割も?
京子
さすがに市も焦って、昨秋から対策に本腰を入れてます。撤去や更新を促す低利融資制度(金利1%、上限300万円)を創設したほか、現場を視察し指導にあたる職員も臨時雇用で増員しました。
部長
表彰制度「京都景観賞」を創設して、機運を高めようとはしているがな。
・漬物製造販売の打田漬物商工業は漬物だるをモチーフにした独特な形(京都市中京区)
・日本茶販売の一保堂茶舗の看板は江戸中期創業の伝統を感じさせる(京都市中京区)
京子
最優秀賞のひとつ、京都市役所近くの島津製作所旧本社ビルは昭和2年(1927年)の建築。「関西建築界の父」として知られる建築家、武田五一が手掛けたもので、今は内部を改装しレストランや婚礼施設になっています。
太郎
日本茶販売の一保堂茶舗は、江戸中期の創業らしく落ち着いた感じ。漬物製造販売の打田漬物商工業も、人気の錦市場にマッチしたいい雰囲気です。
・シタディーン京都は京町家風の外壁にアルミの切り文字でおしゃれ感を演出(京都市下京区)
京子
あと、現代的な看板も見逃せません。地下鉄五条駅に近いホテル「シタディーン京都」は京町家風の外壁にアルミの切り文字でおしゃれ感を演出しています。パッと見てホテルとは分かりにくいですが、担当者は「外国人利用者が8割に達するため、京都らしさを打ち出したかった」と。
・佐川急便は祇園の町に調和したのれんやちょうちんが魅力。写真撮影に来る観光客もいるとか。(京都市東山区)
部長
祇園にある佐川急便の配送センターも、街並みに合わせた暖簾(のれん)や提灯(ちょうちん)がユニークで、観光客がよく写真を撮ってるな。ただ、中小事業者には「先立つものがないだけに、いい取り組みを見せられても……」という思いがあるからなあ。
太郎
融資制度も利用実績はゼロですしねえ。
■厳しい規制に反発も
部長
景観政策のもう一つの柱、高さ規制も忘れちゃいかん。北山、東山、西山の「京都三山」の景観を守るために市は1970年代から規制を始めた。90年代には京都ホテル(現京都ホテルオークラ)や京都駅ビルなどで規制緩和したことが騒動になった。
京子
京都ホテルについては高層化に反対する京都仏教会がホテル宿泊者の拝観を拒否する騒ぎにまで発展しました。
・1964年開業の京都タワーも論争を巻き起こした
太郎
1964年開業の京都タワーは、高さ31メートルのビルに100メートルのタワーが乗る建築物のため「東寺の五重塔(55メートル)より高いものは不要」と反発されたんですよね。
部長
ただ、今や京都駅前の顔だけどなあ。
太郎
新景観政策でも一段と高さ規制が強まりました。
京子
ただ、個別には規制を緩和する動きもあります。昨年は島津製作所の本社建て替えで、通常なら20メートルのところを31メートルまで認められました。
太郎
道路から建物まで距離を確保したり建物のデザインにも配慮したりするなど、一定の条件をクリアしたからですね。市の担当者は「レアケース」と言ってますが、景観保護と産業活性化の両立は悩ましいところ。
京子
厳しい規制は、それこそ高級ホテルなどの京都進出にあたって障壁になりませんかね。
部長
「実際はその地域のしきたりや伝統を重んじることが企業ブランドの向上につながるから、それほど心配する必要はない」というのが市の考え方だな。
京子
逆に市内企業の流出懸念はどうでしょう? 冗談まじりでしょうが「これ以上厳しくするなら、京都から出て行くぞ」と言う経営者はいますよね。
太郎
確かに90年代に立命館大学が滋賀県にキャンパスを新設したり、キリンビールの京都工場が閉鎖したり。景観規制だけが要因ではないでしょうが、海外移転も含めた生産拠点の見直しは常にある話ですし。
部長
頑張って取材してくれ。
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京都はロスアンゼルスではないのだから、屋外広告が目立たないことは素晴らしい街になったと思う。ただゴチャゴチャしている東南アジア的雰囲気を好む人には”物寂しげな街だ、京都は!”だろうと思う。
どこの若者も飲食店に集まってワイワイ騒ぐのは好きなはずだ。その若者の集まる飲食店の入り口にはだいたいあピカピカ光る点滅式の照明が設置されている。そうした店舗がない京都では酒を飲んでワイワイ騒ぐのが好きな若者のモチベーションもあがらないに違いない。
覇気と気の立っている若者からは敬遠される街になった京都だが、大人の街、オシャレを好む女性の街になったことも否めない。