「決められない政治」は3年余続いた民主党政権の代名詞となった。3人目の野田佳彦首相は消費税の増税や、「ウソつきと呼ばれたくない」ばかりの衆院解散で、前の2人に比べてマシであった。
「決められない」という政治の用語化は、元米国務省日本部長だったケビン・メアさんの著書『決断できない日本』から派生したのではないかと思う。メアさんは「沖縄はゆすりの名人」という発言の誤報で更迭され、昨年夏に一念発起して書いたのが独自の日本論だった。
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彼が退任した翌「3・11」に日本列島を超巨大地震が襲ったのだという。大津波襲来によって福島第1原発が電源喪失しているのに、東電は即座に海水の注入が決断できない。菅直人前首相は東電に対する政府の全面支援を決めず、現場で作業員をどなりつけるばかりだった。
メアさんの新書を担当した文芸春秋社の鈴木洋嗣さんは、「悔しいけど彼の口癖をそのまま書名にした」という。東日本大震災から1年近くたって、相次いで事故の報告書が出された。が、肝心の津波による電源喪失の教訓は何かの徹底追究と、安全対策にどうつながるかの視点の欠如にメアさんはいらだつ。
むしろ、日本の議論は一気に「原発ゼロ」に飛躍して、科学を人類にどう役立てるかとの発想がない。政治家は善意の塊のようなポーズで「原発ゼロ」の大合唱だ。メアさんはいま、著書の続編を書くとしたら、『まだ決断できない日本』になるとぼやいている。
もっとも、決断できない状況は、彼の祖国である米国にも、汚職にまみれた中国にも、はびこり始めた。
米国では格差に対して「われら99%」の人々が憤怒を爆発させ、逆にオバマ打倒を打ち出したティーパーティー(茶会党)が怒りをたぎらせている。これらの圧力を意識する米国の与野党は、過酷な財政削減の中身で合意ができない。
昨年夏に、超党派で2兆4千億ドルの財政再建を目指したが、実際には1兆2千億ドルしかできなかった。そのツケとして、来年1月から強制的に歳出が削減されるのだ。その半分は国防費の削減になるから、尖閣諸島の周辺海域で中国と対峙(たいじ)する日本にとっても、米海軍力の低下は一大事である。
もっとも、習近平新体制の中国も汚職・腐敗の海の中で権力が溺れてしまう懸念がある。胡錦濤時代の中国でさえ、利益団体同士がこっそりと利益を分かち合ってきたから、改革は掛け声倒れに終わった。
その実態は、例の中国ネットが自虐的なギャグで表現した。題して「米国が苦もなく中国を崩せる秘策」。ハンドルネーム「許戦勝」は(1)中国の官僚が海外にもつ資産を凍結する(2)米国のパスポートを持つ中国人官僚の名簿を公表(3)ロサンゼルスにある中国高官の愛人村を摘発する−など6つを挙げている。
実際に「政治改革」の旗振り役だった温家宝首相その人が、一族による2200億円に上る蓄財を暴露されたから、この6つの秘策は迫力がある。ついにはブラジルに代わって中国が「世界一の格差国」になった。習氏が今後、権力の腐敗や無謀な公共投資の一掃を決断できるかで、中国が自壊するか否かが決まる。
世界に拡散する「決められない症候群」は、日本よりもその病根がより深い。
沖縄の取材を始め、ツイッターでつぶやくと、いろんな反応が返ってきた。その中には、経済的に基地に依存する沖縄の人たちは「ダブルスタンダード」ではないかという言葉もあった。
〈特集〉ビリオメディア http://www.asahi.com/special/billiomedia/
仲村記者のツイッター https://twitter.com/coccodesho
そこで思い出したのが、元沖縄総領事で米国務省日本部長を昨年更迭されたケビン・メア氏。「沖縄はゆすりとごまかしの名人」「怠惰でゴーヤーも栽培できない」など、問題になった発言について本人は「言っていない」と否定しているが、「基地反対を叫びながら、補助金をもらおうとしている」政治家のダブルスタンダードへの批判は以前から口にしていた。
地元の人の思いを、どう受け止めているのか。米政府の立場から、沖縄になぜ基地が必要なのか。改めて聞いてみたいと思った。
取材前には、ツイッターでメア氏に聞きたいことを募った。発言問題の真意は? 「マスコミの偏向報道」をどう感じたか? 地元の反対運動をどう見ている? 平和の実現への道のりをどう感じている? いろんな立場から届いた意見も取り込み、インタビューに臨んだ。
――沖縄について侮辱的な発言をしたと報道されました
私は、報じられたような侮辱的な発言は一切していません。報道されたのは、その3カ月前に国務省で行ったアメリカン大学の学生へのブリーフィングの内容ですが、ねじ曲げられた。学生に説明したのは、沖縄には、基地問題を解決したくない政治家がいるということ。ある人は、日米同盟自体に反対している。ある人は、同盟を支持していても、(基地がなくなると)政府から補助金をもらえなくなると考えている。そういうことを話しました。 農業については、補助金制度に頼っていて悪影響があることには触れました。沖縄に赴任前、野菜や果物がたくさんあると期待してたけど、補助金がもらえるサトウキビばかり作っていて、競争力が全くない。
――基地への反対運動はどう見ているのですか
基地をすべてなくすべきだというのは、現実的でないと思う。非武装中立主義は、「基地がなければ、軍隊がなければ、自衛隊がなければ、平和になる」という考え方。幼稚で、現実的ではありません。私も米軍も米国政府も、平和を維持したいのは平和運動家と同じ。でも、どうやって維持するかを考えなければならない。 現実に、中国の脅威がある。沖縄の尖閣諸島では、武器を積んだ中国政府の監視船が毎日巡回しています。日本を威嚇し、東シナ海、南シナ海の覇権を握ろうとしている。政治で解決するのがベストだと思われているが、抑止力、軍事力の後ろ盾が必要。米国の軍事力だけではなく、日本の防衛力も向上する必要がある。
――米軍基地がなければ、中国船が沖縄本島に来たり、侵略されたりすると考えているのですか
可能性はある。シナリオとしては考えておくべきです。中国のデモで、「琉球奪還」と横断幕を掲げているのをビデオで見た。中国は独裁国家。政府が許さなければ、そうした主張は掲げられない。
――横断幕が根拠?
他にも、政府筋や、論文などで目にしている。尖閣諸島への脅威は、中国からの幅広い脅威の象徴の一つに過ぎません。
――だとしても、沖縄にあれほどの米軍基地が必要ですか。他の場所ではだめですか
沖縄は、中国からの距離も含め、東アジア全体で考えると、地理的にはベストです。理論的なことだけでいえば、他の場所、例えば九州でダメだというわけではない。ただ、普天間基地を移設するなら、すべて移す必要がある。陸上や航空、支援の各部隊と訓練所が一緒でないと訓練ができない。この16年間、日米政府が何度も話し合い、結果としていつも普天間移設計画は辺野古に戻る。なぜかというと、物理的に他に場所がないから。反対している人に「じゃあどこに」と聞いても、誰も答えられない。沖縄の政治家は、現実を直視して、県民に説明をするべきだ。選挙のためだけに「基地反対」というのは、あまりにも無責任です。私への理解の声も、県民から届いている。ほとんど報道されていないが、増えていると思います。
――政治家が「県内移設反対」へと転じるのは、県民の声を反映しているのでは
私はそうは思わない。政治家が時代遅れなんです。選挙になると「反対」といわないと落選すると恐れてる。ちゃんと説明したら、多くの県民はわかる。私は革新から保守まで、幅広い人と話をしています。「沖縄の気持ちがわからない」といわれるが、わかってる。でも、普天間を閉鎖してほしいと言われて、その通りにできるわけじゃない。政治的には対立しているように見えますが、米軍と地元の人との関係は良好。県民や経済界との交流もよくやっている。問題になるのは、訓練時の騒音です。特に、夜間のヘリ。夜間の訓練は必要だが、特に夏は暗くなるのが遅いので、どうしてもヘリが基地に帰るのは遅くなってしまう。でも、訓練は一年中必要で、戦闘になった時のことを思えば仕方がない。
――沖縄の人は、被害者意識が強すぎる、とも発言されています
政治家がそれを利用していると思います。第2次世界大戦で、沖縄が大変だったのはよくわかります。でも米国、中国、朝鮮半島、東南アジア、日本、各地で悲惨な体験がありました。東京大空襲でも多くの人が犠牲になった。広島、長崎への原爆投下もありましたが、いま「被害者だった」という話は誰もしていない。もう乗り越えているでしょ。基地が多いのは神奈川も同じ。
――沖縄では悲惨な地上戦があり、戦後も米国による占領が続き、基地も集中しています
負担が重いのは私もわかってる。赴任前には、歴史や文化についても学びます。沖縄は、他のアジアの基地などと比べても、日本政府との関係が複雑。特別に微妙な場所だと理解しています。沖縄戦は悲惨でした。「日本政府に犠牲にされた」という点は、私もそう思う。でも、もう乗り越える時期でしょう。そのために、具体的な負担軽減の努力が必要です。合意された米軍再編計画が実行されたら、大規模な負担軽減になります。普天間基地が返還され、既存の米軍基地内に移り、海兵隊の数が8千人減り、沖縄の人口密度が高い南の米軍施設のほとんどが縮小返還される。負担軽減してほしい沖縄の政治家こそ、この計画に協力すべきです。
――米兵による犯罪も、しばしば問題になります
件数が増えているわけではないし、米兵の1人当たりの犯罪率は統計を見ると日本人より低い。ただ、「1件でも多すぎる」というのが私の意見です。警察と同じで、軍隊の仕事は人を守ること。だから罪を犯したら問題になるのは当然だし、感情的な反応も理解できる。だから、沖縄にいた時も、厳しく対処しました。ただ、それが地位協定の問題として政治的に取り上げられるのは全く違う。地位協定は手続きの問題で、必要があれば協定の運用を改善もしている。米兵が基地の中に入ったら捜査できないというのは事実ではなく、日本の警察に協力もしています。
――うかがってきた主張は、沖縄総領事在任中から変わりませんが、発言は何度も物議を醸しています。それはなぜだと思いますか
事実をいっているだけ。失言はありません。一度だけ言い過ぎたかな、と思ったことはあるけど。反発するのは、沖縄の政治家と運動家が現実を直視していないから。率直にいわないと誰も理解できない。普天間飛行場は危なくない、と発言して反発も受けた。でも、なぜ民間空港には反対しないのか。那覇空港でも飛行機が炎上したが、「同じ型の飛行機が来るな」とはならない。なぜか。軍の存在自体に反対しているからです。気持ちはわかる。戦争を一番起こしたくないのは、政府であり、兵士です。現実的に沖縄で戦争が二度と起こらないようにするために、どうするか、という問題です。私は、沖縄県民の味方。できるだけ現実的に抑止力を維持して戦争を防ぎ、同時に県民の負担を軽減したいと思います。
――沖縄には最近も行かれていますか
退職してから、2度行きました。ゴーヤは好きなので、今度機会があればゴーヤ祭りにでも参加したいなあと思ってます。
■取材を終えて【仲村和代】
「沖縄の気持ちはわかってる。だからこそ再編計画を進める必要がある」。メア氏はインタビューの中で、何度もそう繰り返した。その「わかってる」はどこか違うような気がして、歯がゆかった。その部分をいくら問うても、「(沖縄については)はっきり言わないとわからないから」という答えが返ってくるだけで、かみ合わなかった。ただ、沖縄の負担を減らしたいという主張は一貫していた。米政府の立場に立った時、導き出されるのが、彼の持論なのだろう。ならば、日本はどうしていくのか。今回の衆院選で、もっと論議されるべき争点だ。沖縄ではなく、「本土」でこそ。