来年1月6日スタートのNHK大河ドラマ『八重の桜』(毎週日曜 午後8:00 総合ほか)は、大判の撮像素子(イメージセンサー)を搭載したデジタル映画用カメラ2台で撮影されている。同作の専任ディレクター(チーフ演出)を務める加藤拓氏は「タイトルにもなっている桜をいかに綺麗に表現するかというのもありますが、パッと見た瞬間にこれは綺麗な世界観だなというものにしたい」と意気込む。今年の『平清盛』(放送中)が「画面(映像)が汚い。鮮やかさがない」と一部で酷評されてしまっただけに、“映像美”もさることながら、これまで表立って語られなかった維新の物語としても注目の作品だ。
加藤氏が映画用カメラを導入した理由の一つは、主人公と題材にある。
加藤拓・専任ディレクター(チーフ演出)
視聴者にとって『八重の桜』の八重ってどこの誰?という感じだと思いますし、150年くらい封印されていた会津の歴史をわかりやすく見せていくために映画用カメラを入れることにしました。いままでのテレビドラマとは違う映像になっています。
女優・綾瀬はるかが演じる新島八重(旧姓・山本、1845-1932)は、京都・同志社英学校(後の同志社大学)を興した新島襄の妻。会津藩(現在の福島県会津若松市)に生まれ、女だてらにスペンサー銃を持って戊辰戦争を戦い、「幕末のジャンヌ・ダルク」と呼ばれた。維新後は京都へ移り、アメリカ帰りの夫・襄と結婚。日清・日露戦争時は篤志看護婦として名乗りをあげ、「日本のナイチンゲール」とも言うべき活躍をみせた女性だ。
チャレンジングなことは、長年にわたって賊軍扱いされてきた会津藩の目線から幕末・維新を描くことだ。
加藤拓
大河ドラマ『龍馬伝』(2010年)をはじめ、幕末ものは古い体質を叩き潰さないと、新しい時代は開けないという歴史観で語られることがほとんどでした。アンチヒーローとして新選組を扱った作品でも“上司”である会津藩への反発がある種のモチベーションとして描かれたり。僕もそういうものだと思っていた。
ところが、昨年の東日本大震災後に今回の企画が決まり、準備を進めていくうちに「日本の歴史にはこんなにも別の側面があったのかと、毎日が発見」だったと言う。
加藤拓
幕府・徳川家に忠誠を尽くすことを家訓としてきた会津藩にとっては、盛衰存亡を共にすることに正しさがあった。昨日の朝敵が今日は官軍になるような大転換の中で、自分たちのアイデンティティに誇りを持ち続けた別の一面が見えてきた。僕らが知らなかっただけで、会津藩もよかったんじゃないかという価値観を作っていきたい。会津の物語にも正当性があることを念頭に置いて作っています。
新時代を目指した薩長が正義なら、時の政府を守るために戦った会津にも正義はある。これまで一方的過ぎた会津に対する歴史の中での評価が、この作品をきっかけに変わるかもしれない。
加藤拓
薩長、坂本龍馬を出した土佐など、維新側のエネルギッシュな魅力に対抗するには、150年前までは確かに存在していた会津藩という小国をユートピア(理想郷)とまでは言わないにしても美しく描くしかないと思ったので、映画用カメラで撮ることにしたのです。予算の都合で2台しか導入できなかった。テレビドラマでは同時に4〜6台のカメラで一気に撮影することが多いが、2台で撮影していくと、1枚の画に対する集中力が高まり、じっくり見応えのある映像が撮れる。ショットの持久力が高まるんですよね。なので視聴者にもじっくり観て、じっくり理解して、じっくり脚本の良さや役者の演技を楽しんでもらえると思っています。
加藤氏は1969年、奈良県生まれ。1991年にNHKに入局以来、ドラマ番組の企画・演出に携わってきた。初めて大河ドラマに関わったのは竹中直人主演の『秀吉』(1996年)。この時、1990年入局の先輩・大友啓史氏と一緒だった。加藤氏はその後、朝の連続ドラマ小説『天花』(2004年)、大河ドラマ『功名が辻』(2006年)などを手がけ、スペシャルドラマ『坂の上の雲』(2009〜2011年)にかかりきりの頃、大友氏は『龍馬伝』を作っていた。ほこりや土煙を演出するためコーンスターチやスモークを多用するなど自分のやり方を貫き通し、大河ドラマの流れを変える活躍を見せる。同局を退社し、フリーになって初めて撮った映画『るろうに剣心』(2012年)もヒットた。
そんな大友氏を見てきた加藤氏が、『龍馬伝』と合わせ鏡のような来年の『八重の桜』を撮ることになった。
加藤拓
大友さんはどんな作品でも独自の色に染め上げてしまうオリジナリティの持ち主。彼に対抗して奇をてらえるような才能は僕にはないが、スペンサー銃や大砲などもリアルに再現し、一つひとつ手間をかけて撮っています。それが画面にも表れていると思います。ぜひ、オンエアで確かめてください。
大河ドラマ『八重の桜』
2013年1月6日スタート。総合で毎週日曜 後8:00ほか。初回のみ73分の拡大版。連続ドラマ小説『ゲゲゲの女房』(2010年)の脚本家・山本むつみによるオリジナル作品。テーマ音楽は坂本龍一、音楽は中島ノブユキ、語りは女優の草笛光子、題字は赤松陽構造。出演は綾瀬はるか、西島秀俊、長谷川博己、綾野剛、剛力彩芽、生瀬勝久、小栗旬、稲森いずみ、奥田瑛二、貫地谷しほり、玉山鉄二、松重豊、風吹ジュン、西田敏行ほか。