日銀の白川方明総裁は26日、名古屋市で記者会見し、自民党が政権公約に掲げる消費者物価の前年比上昇率2%を目指すインフレ目標の導入に否定的な見解を示した。「当面は1%を目指して金融緩和を進め、政府による成長力強化が実を結べば1%より上がってくる可能性がある」と述べ、物価上昇のめどは1%台が現実的だと説明した。
自民党の安倍晋三総裁が主張する建設国債の引き受けに関しては「これまでに述べたことに尽きる」として具体的な言及を避けた。4日公示の衆院選への影響を考慮し発言を控えたとみられる。白川総裁は最近の記者会見で、財政法が原則禁じている直接引き受けだけでなく、国債の発行額と同額を市場から日銀が買い入れる場合でも問題があると指摘していた。
■GDP6割以上、個人消費が動かない限りデフレ脱却はありえないー東洋英和女学院大学教授 中岡望
自民党選挙公約中の経済政策を読むと、2003年3月に行われた現代経済研究グループの「日本経済復活への提言」とウリ二つと気がつく。
同提案は、デフレ脱却のためには「マネタリーベースの適切な形での供給増加が不可欠である」とする。そして「非伝統的な(金融)手段」を用いて、「2年程度の期間、『物価水準』上昇の程度(たとえば3%)と、その後のインフレ目標(たとえば2%プラスマイナス1%)をただちに設定すべきである」とする。今回の自民党の選挙公約も「明確な物価目標(2%)を設定」し、「名目3%以上の経済成長率を達成する」とし、安倍晋三自民党総裁は日銀に“無制限の”金融緩和策の発動を求めている。
金融政策のプロセスに対する理解の欠如があるようだ。ゼロ金利政策と量的緩和政策はマネタリーベース(日銀当座預金残高と現金)を増やす政策であって、直接マネーサプライを増やすものではない。通常、マネタリーベースが増えれば信用乗数が働き、マネーサプライが増える。過剰準備を抱えた銀行が貸し出しを増やすからだ。だが現在、そうした信用乗数が働いていない。白川方明日銀総裁は自著で、量的緩和政策にもかかわらず「信用乗数理論に基づくマネタリスト的なチャネルは観察されなかった」と述べている。
インフレ目標に関していえば、日本銀行は消費者物価の1%上昇をすでに目標にしている。安倍氏やリフレ派は、それでは手ぬるいというのであろう。インフレ目標政策のポイントは、中央銀行の政策コミットメントとアナウンスメント効果を通してインフレ予想に影響を与えることにある。これも白川総裁の著作から引用すれば、「“言葉”が予想に働きかけるうえで有効なのは、中央銀行が物価上昇率を高めるうえで有効な政策手段を有しており、その政策手段を“言葉”と整合的に動かすという予想を民間経済主体が抱いている場合である」。日銀に“有効な手段”はあるのだろうか。
また、建設国債を含む国債を“無制限”に購入すればますます財政規律は失われる。白川総裁は「財政ファイナンスであるという誤解が生じると長期金利が上昇し、財政再建だけでなく、経済全体にも大きな悪影響を与えることになる」と指摘している。
デフレは基本的に需要不足から発生している。国内総生産(GDP)の6割以上を占める個人消費が動かない限り、成長とデフレ脱却はありえない。
実体経済が必要とする以上の通貨供給は、投機的バブル、あるいはインフレを引き起こすことは歴史が示している。インフレが起こったら、マネーサプライを減らせばいいと安倍氏は言うが、そんな簡単な話ではない。問題は、過重な責任を金融政策に負わせ、自らの果たすべき役割を果たしていない財政と政治にある。
■安倍自民党の「インフレターゲット論」3つの問題点ー冷泉彰彦
3%というターゲットを設定した上で、インフレが進行するように金融緩和を思い切り行う、そうしてデフレを脱却し超円高を是正して成長トレンドを回復するという政策については、ここ1年ぐらい安倍晋三氏はかなり熱心に語ってきています。ですから本気といえば本気なのでしょうが、総選挙を前にしてここまでハッキリと政策として掲げてくるとは思いませんでした。
結論から言えば、3つの問題点があるように思います。
まず、外部環境がこの年末から年明けにかけて変化しつつあるという点です。例えばアメリカの場合は、これまでのFRB(連邦準備制度理事会)やオバマ政権は「QE(量的緩和)1からQE3」によってジャブジャブとドルをばらまいてきたわけです。その結果としてのドル安も容認し、ドル安による多国籍企業のドルベースでの利益の極大化というメリットも享受してきました。
この問題に関しては、大統領選の争点になっていました。オバマに挑戦したロムニーは、自分が大統領になったら「金本位制」をやるぐらいの決意で「強いドル」を実現すると言っていました。これに加えて、流動性供給を続けたFRBのバーナンキ議長に関しては再任させないということも強く言っていたわけです。
ではオバマが再選されたことで、この動きは止んでドル安政策が最低でもあと4年は続くのかというと、それは違うのです。まず、ガイトナー財務長官は来年1月一杯での退任が確定的のようですし、バーナンキ議長に関しては自分から2014年の再任は求めないという観測もあるようです。
それ以前の問題として、バーナンキ議長は11月20日には「仮に『財政の崖』が問題に直面してもFRBは問題を緩和するためには動けない」という発言をするなど、今後も流動性供給を続けるかという点では「?」という姿勢にシフトしつつあるのです。つまり、アメリカのドル安政策は2013年の早期に「一段落」する可能性があるわけです。
ドルと同時に中国の人民元についても、通貨政策が変わる、つまり2013年のどこかの時点で、習近平政権として切り上げに動いてくる可能性を考えるべきと思います。例えばですが、米中関係の「改善」という中での切り札になる可能性はあると思います。その際の輸出産業へのダメージに関しては巨大な景気刺激策で相殺してくる可能性もあります。
結果的に、仮に2013年の前半にハッキリした「ドル安政策の終わり」「人民元高の容認」というトレンドが出てきた時に、日本がジャブジャブと流動性を供給していたら、為替市場の圧力は想定の範囲を突き破って思い切り円安に振れるでしょう。激しい円安になれば、3%という「ターゲット」は簡単に突破されてしまうと見るべきです。
もう1つの問題は景気対策です。安倍総裁は「無駄遣いをしない姿勢は必要だが、デフレ脱却を優先すべきだ。やるべきことはやらなければならず、景気刺激型予算を組んで公共投資を増やし経済を成長させる」と言っているようです。いわゆる「国土強靭化計画」です。
ですが、1990年から2009年まで、例えば小渕政権に代表されるように自民党は何度も何度も公共投資をやってきたわけです。にも関わらず、この20年はどう考えても「失われた20年」になっているというのは、要するに日本が「最先端の技術力と国際競争力を維持して、先進国の地位を維持する」という目的に適合した投資をしてこなかったからです。
2009年の民主党(日本)は「コンクリートから人へ」というスローガンで公共投資を抑制しようとしましたが、公共投資そのものが悪いのではないのです。つまり、中長期的にリターンを生むのであれば、公共投資はやっていいし、やるべきなのです。問題は「失われた20年」において、自民党政権がやってきた「景気対策」が建設業界での一時的な需要発生と、維持費というコストの固定化というカネの流出を招きつつも、中長期でのリターンが取れていないことにあるのです。
仮に、安倍総裁の言う「デフレ脱却」のための「国土強靭化」というものが、同じようにGDPの拡大に寄与しない「一過性の無駄遣い+維持費負担」になるのであれば、これは日本の財政を更に苦境に追いやるだけの政策だと言えるでしょう。
勿論、全ての公共投資がリターンを生むようになるというのは幻想です。本当にリターンが確実であれば、民間が率先してやっているかもしれないからです。ですが、明らかに「小渕政権と同じ」ようなカネの使い方をするということになれば、結局は社会の閉塞感は改善されず、前向きにカネを使って行こうという動きは民間にも個人にも生まれないでしょう。
3番目の問題は、仮に許容出来る範囲を越えて円安になった場合は、エネルギー政策が過渡期にあり、暫定的に大量の化石エネルギーの輸入を強いられている状況では、輸出産業に関しても円安メリットがエネルギーコスト高で相殺されてしまうということになります。
そうなれば、円安のために企業が海外に逃げていくというトレンドが加速するでしょうし、一層の税収減と財政規律の劣化、その結果として更なる円売りという悪循環も想定しておかねばなりません。
中にはハイパーインフレになれば、政府の負債は目減りする一方で、高齢者の資産も評価が下がる中で、世代間格差が緩和されるというような論調もあるようです。ですが、激しいインフレは、結局のところ国の基礎体力を大きく損ない、そのシワ寄せは若い世代にも来ることになります。いわゆる「ハードランディング(乱暴な着地)」になるわけですが、そこで改革ができなければ日本経済はハードランディングどころか墜落してしまうでしょう。
勿論、景気の回復は待ったなしです。ですが、今はインフレターゲット11 件論などというギャンブルをする時期ではないと思います。対中関係を改善して景気の足を引っ張らないようにすること、エネルギー政策を早く「多様化」という方向で落ち着かせること、TPP(環太平洋経済連携協定)など自由貿易の枠組みに積極的になる中で競争力のある産業で着実に稼ぐことといった、地道な努力を積み上げるべきです。そうした中で、貿易収支をプラスに戻し、景気回復基調に戻すことが求められるのだと思います。
<お知らせ>
ブログ筆者の冷泉彰彦氏がオバマ政権2期目の課題を展望する『チェンジはどこへ消えたか〜オーラをなくしたオバマの試練』(ニューズウィーク日本版ぺーパーバックス)が、先週発売されました。
※インフレターゲット(inflation targeting)
物価上昇率(インフレ率)に対して中央銀行が一定の範囲の目標を定め、それに収まるように金融政策を行うこと。インタゲと略称されることもある。インフレ率が低い時は、通貨量を意図的に増加させて(公開市場操作)緩やかなインフレーションを起こして、経済の安定的成長を図る政策(リフレーション、通貨再膨脹)となる。マネーサプライと物価との関係が不安定となったことが導入の背景にある。なお類似政策として「物価目標政策」というのもある。こちらはある年の一般物価水準を基準として、それに決められた上昇率分を加えたものをターゲットにするもので、物価水準が目標未達成の場合は未達成率+決められた上昇率をあわせて、あくまで決められた物価指数まで上げることである。違いは、過去の誤りを相殺するか、しないかの違いとなる。
⇒インフレターゲット
※そもそも今の日本経済にはデフレ・スパイラルはないと思います。確かに今市場はデフレ傾向にあります。でもこれは不景気で商品が売れなくなり、供給過剰となって価格が下がったというものではないように感じます。・・・・・インフレ・ターゲット手法で得をするのは誰かといえば、結局また大きな借金を抱えたままの大手不動産会社とゼネコンでしょうか。そしてその救済のために不要な公共事業を発注し、また民間の不良債権に公的資金を注入して、無責任に赤字を拡大させてきた国や地方自治体でしょうか。そしてまた、彼らが得する分だけ、負担は私達国民に押しつけられるわけです。・・・・・インフレ・ターゲット手法は、これまでの長期に渡る超低金利政策同様、あるいはそれ以上に、私達の生活に深刻な事態を招きそうな気がします。・・・・・。
⇒インフレ・ターゲット論への疑問