防衛省はアメリカ海兵隊岩国飛行場で9月27日に国会議員や地元関係者、報道関係者、有識者ら90人を招いて行ったオスプレイ体験搭乗の搭乗者66人に搭乗後に行ったアンケートの結果を12日公表した。安全性について危険と感じた搭乗者は1人もおらず、11%は安全と感じたと回答。45%は特段危険な要素は見当たらなかったとした。
また65%が「画期的な航空機と感じ」、76%は日本の安全保障上、必要不可欠(38%)、あった方が良い(同)と回答。必要ないは3%にとどまっていた。
また自由な感想欄では「もっと沖縄への必要性をPRすべき」(国会議員)、「沖縄の人々に多数乗ってもらったら考えも変わる」(報道関係者)、「早急なる普天間の配備が求められる」(地元関係者)、「騒音が少なく、県民は理解できると思う」(同)などプラス評価の感想が大半だった。一方で「残念ながら判断材料が少なすぎる」(報道関係者)という声もあった。
玄葉光一郎外相は15日午前、バーンズ米国務副長官と外務省で会談した。玄葉氏は沖縄県・尖閣諸島の国有化をめぐる中国との対立について、平和的な解決を目指す日本の立場を説明し、理解を求めるとみられる。また、両氏は北朝鮮の核問題に連携して対処することを確認する方針。
樽床沖縄相は15日、米軍の新型輸送機MV22オスプレイが配備された米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)を外から視察した。閣僚の同飛行場視察はオスプレイ配備後、初めて。樽床氏はこの後、宜野湾市の佐喜真淳市長と会談。佐喜真氏に配備見直しを求められ、「防衛相、外相にしっかりと地元の気持ちを伝え、政府の中で発言をしていく」と述べ、理解を求めた。
米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)に配備された新型輸送機MV22オスプレイは15日も訓練を続け、那覇市の上空を垂直離着陸(ヘリ)モードで繰り返し飛んだ。配備開始から2週間となったが、日米合意に反した訓練が既に常態化している。那覇市によると、15日は午後2時半ごろから午後4時前にかけ、延べ10機が市街地上空を普天間方向に直進飛行した。うち少なくとも6機はプロペラを上向きにしたヘリモードで飛行したのを共同通信記者が確認した。
ヘリモード飛行時は、プロペラを前向きにした固定翼モードよりも格段に騒音が大きく、飛行も不安定になると指摘されている。
◆オスプレイ 尖閣解決!? 日米合意文書“島嶼部侵略は日本の責任で”ーしんぶん赤旗
中国・北朝鮮の動向はつねに、日米同盟や自衛隊強化の口実とされてきました。現在では、米海兵隊の垂直離着陸機MV22オスプレイの沖縄への強行配備と、尖閣諸島問題が結びつけられています。しかし、これには軍事の専門家からも疑問の声が相次いでいます。
「島嶼(とうしょ)の多い我が国の防衛においては、在沖海兵隊の上陸作戦能力は不可欠」―。防衛省が昨年6月に発行した冊子『在日米軍・海兵隊の意義及び役割』は、こう記しています。さらに、「我が国の離島に万一緊急事態が発生した場合、沖縄の海兵隊ヘリコプターは陸上(自衛)隊員を乗せて現場に急行する」と明記。ここでいう「海兵隊ヘリコプター」には、オスプレイも含まれます。ところが、2005年10月の在日米軍再編合意には、こう記されています。「日本は…島嶼部への侵略といった、新たな脅威や多様な事態への対処を含めて、自らを防衛し、周辺事態に対応する」。尖閣諸島などが軍事占領される事態が起こったとしても、それは日本の責任だというのです。
安全保障政策に関わっていた元政府高官は「この文書はいまも有効であり、当然、米国は日本の島嶼防衛に関わらない」と断定し、こう解説します。「相手が艦隊や戦闘機を出動させれば、オスプレイで飛んでいっても撃ち落とされるだけだ。それを避けるためには制海権や制空権を取る必要があり、敵地に乗り込んでレーダー網を破壊しないといけない。尖閣のために、米国は本当にそこまでやるのか」
米軍に頼れないのなら、自衛隊を強化すればいいのか。自民党の石破茂幹事長は「尖閣を守るのは第一義的に日本国の仕事だ。…海兵隊創設も真剣に考えるべきだ」と述べています。(7月29日のフジテレビ系番組)
これに関して、冨沢暉元陸上幕僚長は、このように指摘しています。「日本の防衛問題として南西諸島防衛が話題になっているが、尖閣問題とは全く別問題である」(日本戦略研究フォーラムへの寄稿) 冨沢氏は、「中国は三戦(法戦・宣伝戦・心理戦)でくる。日本も三戦で応じなければならない」としています。これらは、日本が「尖閣諸島で領土問題は存在しない」という口実で逃げ続けてきた中国との国際法上の論戦や国際社会へのアピールをすべきだという主張です。
領土問題での外交・政治戦略が欠如したまま、軍事的対応の強化を声高に叫ぶのは、発想の貧困さをさらけ出すだけです。
◆16歳が見たオスプレイ配備 緊迫の普天間写した2千枚ー朝日新聞
「どうして、こうなってしまうんだろう」。戸惑いながら、沖縄の16歳はカメラのシャッターを押した。米軍の新型輸送機オスプレイが配備される前後の普天間飛行場ゲート前。市民と警官隊がぶつかり合う緊迫感のなかで、2千枚の表情を切りとった。飛行場のある宜野湾市に暮らす浦添工業高校2年の比嘉緩奈(かんな)さん。7月の全国高校写真選手権大会(写真甲子園)で優勝した写真部3人のひとりだ。9月30日、日曜日の朝。市民が普天間飛行場の各ゲートを封鎖したと、新聞で知った。自宅に近いゲートまで歩いて30分ほど。何が起きているのか、見てみたいと思った。本土復帰40年をテーマにした県内の写真コンテストも気になっていた。「お前ら本当に沖縄の警察か」「おじい、おばあが悲しんでるよ」。バリケード代わりの車12台がふさぐゲート前で、怒号が聞こえた。車を移動させようとする警官隊と市民が押し合っている。「カメラを向けていいのかな」。いつもの教室や海、森とは違う被写体。気後れしそうになった。人垣に近づいた。女性が車の下に潜りこんで抵抗している。おじさんが「撮ってみんなに伝えてくれよ」と、足元を開けてくれた。しゃがんで構えたが、女性の様子は暗くて写らない。警官が足の位置を変えた。「私を踏みつけないようにしてくれたのかな」。でも、どうして、やさしい沖縄の人同士が向き合わされるんだろう。帰宅して迷った。あしたは学校がある。オスプレイもくる。ゲート前で会った人たちはあんなに頑張っている。どうしよう。翌10月1日朝、車で学校に送ってくれる父親に「撮りに行く」と切り出した。「きょうしか撮れないんだから行きなさい」と許してくれた。ゲート前でビラをもらった。ドイツ語で書かれたことばの意味も教わった。「本当の自由は自分たちで勝ち取らなければならない」。みんなこんなに怒っているのにオスプレイは空からやってきた。だから行動を起こそう、と。オスプレイ自体は撮らなかった。抗議の赤い風船をふくらませる人、差し入れを分け合う人。そんな姿を撮り、午後から登校した。2日間でとらえた2千枚のうち1枚を、写真コンテストに出すつもりだ。基地は生まれたときから身近にあり、学校でもあまり話題にならない。オスプレイは訓練を始めてしまった。「どうしたらいいかは分からないけど、みんなあきらめていない。私も納得するまで撮ってみたい」