実在する対国際テロ捜査専門の諜報部隊“外事警察”の姿を描く『外事警察 その男に騙されるな』の公開を前に、主演の渡部篤郎がインタビューに応じた。渡部はNHKで放送されたドラマ『外事警察』に引き続き、“公安の魔物”の異名をもつ主人公・住本健司を熱演。目的のためには手段を選ばない、住本の魔物ぶりはスクリーンでも強烈に発揮されている。
渡部篤郎
映画だからといって余計な意識はしていませんし、演じることが楽しいだけですよ。
映画は麻生幾の同名小説を原案に、流出した濃縮ウランの日本上陸と核テロを阻止すべく、民間人をも平然と“協力者=スパイ”に仕立て上げる警視庁公安部外事課の非道を通して、正義のあり方を問いかける重厚な仕上がり。
渡部篤郎
あくまでエンターテインメント作品。今まで外事課を舞台にした作品がなかったという強みはある。ただ、題材がシリアスな分、純粋に楽しんでいいのか、という葛藤がお客さまの側にはあるかもしれないですね。そういう面では日本って、まだ閉鎖的なのかもしれない。
それでは演じる側に立つ渡部自身は、住本という魔物といかに向き合ったのか。
渡部篤郎
住本に限らず、外事課そのものが巨悪に対する特殊部隊。だから相手と同じくらいの悪の気持ちがないと太刀打ちできない。だから『こんな風に、民間人でさえ陥れてしまうなんてひどいな』という感覚はなかったですね。柔軟じゃないと演じられない役ですし、気が重くなることもありますよ(笑)。共感できるのは、彼の正義感。目的を果たすために、多くのことを犠牲にしているんです。
ドラマに引き続き、堀切園健太郎が演出を手がけ、商業映画デビューを飾った。
渡部篤郎
作品は監督のものですけど、こんなに時間がかかる監督は初めて(笑)。テイクが多いとか、細かいとかではなく、とにかく粘るタイプですね。ただ、入念な準備をしてくれるので、信頼して役に入り込むことができる。
日本を飛び出し、韓国のソウルと釜山で約3週間にわたる撮影を敢行。
渡部篤郎
文化の違いや不自由さも多少はありましたが、映画を撮る環境としてはとても素晴らしかった。今回は“胸を借りる”感覚でしたし、学ぶこともたくさんあった。当たり役? そういう意識はあんまりないかな。大事な作品のひとつです。
美しいベースラインを奏でるような独特の低音とリズムで渡部篤郎は語る。思わず聴き入ってしまいたくなるが、そうもいかない。油断しているとスパッとこちらを一刀両断にするような鋭さをもその声に忍ばせている。どこまでが役柄でどこからが素の“渡部篤郎”なのか? それとも全てが演技なのか? 彼が演じる役柄は常にそんな疑問を観る者に抱かせる。『外事警察 その男に騙されるな』で演じた警察官・住本健司もまた例外ではないだろう。冷静沈着、明晰にして残酷、そして純粋――“公安が生んだ魔物”と称されるこの男にどのように同化していったのか? 映画の公開を前に話を聞いた。
渡部篤郎
決して気持ちいいだけではないですよ。爽快という感覚はほとんどないですね。納得し、理解することはできた。それはこの役に限らず全ての作品でそうです。役を引き受けるからにはそこに葛藤があってはいけないと思っています。もちろん、僕が同じ考え方や価値観を持っているかといえば違うし、そこは違っていてもいい。ただ、その人物の生き方に納得ができなければ演じることはできないと思っています。
今回の住本で言うと「警察官であること」が何より彼の“正義”の根本だと渡部さんは分析。なぜ彼はそこまでできるのか?
渡部篤郎
そこまでしないと守れないから。全てはテロ事件を未然に防ぐためですから。警察官の任務というのは基本的に国や人々を犯罪から守ること。そういう意味で住本は僕がイメージする警察官そのままの姿ですね。
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なぜそこまで? という問いは渡部さん自身にも向けられるべきものだろう。任務のために国家に殉じる男、果てしないほどの孤独を背負った男、救いようのない悪意に染まった男…見ていて心が痛くなるような重荷を課せられた人物を次々と演じてきた。観る側がこんなにつらいのだから、演じている本人はつらくないはずはないと思うのだが…。しかし、先の言葉通り「爽快ではない」とその苦労を認めながらも、そうした過程が決して“ストレス”ではないと言い切る。
渡部篤郎
何を持ってストレスと言うか分かりませんがやっぱり好きですから、演じることが。お芝居としては大変ですよ。でも基本的に『好き』とか『幸せ』という思いがありますから。だからやっていられるんだと思います。
少しぶっきらぼうに発せられた「好き」という短い言葉がずしりと響く。ドラマ「青春の門」に主演したのが22歳のとき。それから20年以上の時が流れたが「意識という意味では、基本的には若い頃と何も変わってないですよ」と頷く。
渡部篤郎
結局、俳優はお客さまにどう届けるか? どう受け取られるかで評価されるものだと思っています。だから僕がいま『こうなりました。こう変わりました』と考えてもしょうがないので考えませんね。いまも新しい現場に行けば『明日どうしようか?』『このシーンどうしようか?』ということの繰り返し。正直、自分の演技がどう変わっていったかということは分からないですね。演じることの難しさはますます感じている。分かってくれば分かってくるほどにね(笑)。若い頃はやったような気持ちになっていたし、自己満足で終わっていたことも多かったと思う。いまはようやくそうじゃなくなってきて、難しいけれどそれが楽しいと感じる。理想は『よーいスタート!』という声が掛かる瞬間、芝居がしたくてしょうがないって気持ちになっていること。いつスタートの声が掛かるかが自分の中でハッキリ分かっていて、自然にモチベーションを上げてスッと芝居に入っていけたら一番いいね。
インタビューが進むにつれて、少しずつ言葉数が増えていく。
渡部篤郎
昔はこういうインタビューであまり答えられなかった。ある意味で真面目だから抽象的な質問には答えられなかったんですよ、当時は。『俳優とは?』など、大きすぎることを聞かれたりすると。でも伊丹(十三)監督が『答えられなければ、答えなくていい。それより伝えたいことを伝えなさい』と仰ってくださったんです。
いま、こうして伝えようとするようになったのは“大人”になったということ? 恐る恐るそんな無礼な問いをぶつけると、しれっと「というか大人ですからね」という答えが返ってきた。だが、石橋凌や遠藤憲一ら年上の男優陣との共演シーンに話が及ぶと、たちまちこんな一面をのぞかせる。
渡部篤郎
凌さんや遠藤さんは俳優の先輩であり、劇中の住本と有賀(石橋さん)や倉田(遠藤さん)との関係性と同じなんですよね。なので、普段からの関係性や雰囲気をそのまま芝居に反映させていました。実際、住本のような生意気さは僕もしっかりと持ち合わせるし、凌さんも遠藤さんもその辺をわかってくれていますからね(笑)。
“満面の”でも“爽やかな”でもない。どうにも人を惹きつけずにはいられない、いたずらっぽい笑みをほんの一瞬浮かべ、静かにインタビュールームを後にした。
海外の作品には、「スパイ」が登場する映画やドラマがたくさんありますよね。日本には刑事ドラマや犯罪捜査ものは数多くありますが、「工作員」とか「諜報活動」といったものが出てくる世界を本格的に取り上げた作品を目にすることはありませんでした。「外事警察」を見るまでは……。「外事警察」。“日本版CIA”と言われる、国際テロを未然に防ぐ諜報部隊が日本に存在することを、本作で初めて知りました。2009年にNHKで放送された話題のドラマ「外事警察」が映画化され、知られざる“日本の裏側”がよりスリリングに描かれます。
国家の機密情報を扱う「外事警察」の存在は秘匿され、その精鋭部隊の者たちは家族にも正体を明かすことはできません。これまで触れることさえタブーとされていた、この「外事警察」の世界が、徹底的な取材と、警察関係者の陰の協力によって映像化されました。1秒も気を抜けないほどの緊張感が持続する「外事警察 その男に騙されるな」は、予測不能なサスペンスエンタテインメントに仕上がっており、今まで知らなかった“危険な世界”を夢中になって見ることができます。
“公安の魔物”と呼ばれ、人の心を巧みに操る住本健司(渡部篤郎)ら外事四課は、民間人を追い詰めて取り込み、「協力者=スパイ」として使います。
朝鮮半島から濃縮ウランが流出し、日本で核テロの危機が勃発したという情報をつかんだ外事四課は、日本に潜伏する工作員らしき男の妻・果織(真木よう子)を協力者にとして取り込むことに。
一方、韓国諜報機関NISが日本に潜入捜査官を送り込み、情報戦が始まります。外事警察、NIS、テロリスト、そして協力者の思惑が交錯し、騙し合いが繰り広げられる中、住本は核テロを阻止するために、想像できないような手段に出るのですが……。
主人公・住本、そして映画版から登場する果織を演じた、渡部篤郎さんと真木よう子さんにインタビューし、重厚なテーマを扱いつつも、エンターテインメント作品として楽しめる本作について語ってもらいました。
――ドラマから映画化されるに当たり、今回の脚本を読んでどう感じられましたか?
渡部篤郎
読んですぐに、どう演じようかを考えました。ドラマからやっていますし、(脚本家の)古沢先生と(プロデューサーの)訓覇さんのことを信じていますから、映画だからといって何か変わるということはなかったです。
真木よう子
私は脚本を読んで、今まで知らなかった外事警察という存在と、物語の世界観に強く引かれました。
――渡部さんが演じている住本は、ドラマ版と映画版では何か変化はありましたか?
渡部篤郎
住本は一旦外事を離れましたが、2年間、内庁というより深いところで、今回取り上げられている事件について、ずっと探っていました。彼は外事に戻ってきますが、核テロというより大きなテーマが描かれる中で、ドラマ版のようなダークな“公安の魔物”ぶりを見せる部分は今回なかったように思いますね。ダークなのは次回作に期待してください(笑)。
――真木さんの役柄は、精神的にも肉体的にもかなり大変そうだと思いました。
真木よう子
そうですね。でも、大変だけだったら、もしかしたらやりたくないと思ったかもしれませんが、その大変さを越えてすごくやりがいのある役だと思ったし、ぜひ挑戦したいと思いました。
――特に、どういうところにやりがいを感じましたか?
真木よう子
初めての母親役だったのですが、娘に深い愛情を持った果織というキャラクターの人間性が、女性としてすごく好きだったし、引かれた部分があったので、演じがいがありました。
――住本も果織も立場は違っても、精神的に強い、強くならざるを得ないキャラクターですが、渡部さんと真木さんは大きな壁にぶつかったとき、どのようにして心を強くしていますか?
渡部篤郎
僕はくじけてもいいと思ってますし、くじけながらやっているような気がします。例えば、海外で舞台の仕事をやってきたときでも、全てを克服したという気持ちにはなりませんでしたし、まだまだ大きな山はたくさんあると思っています。克服しようとか、戦おうと思うことはあまりないですね。負けてもいいので、一生懸命頑張るしかないです。
真木よう子
渡部さんの考え方、素敵だなと思います。そのくらいになれるまで、私はがむしゃらに戦おうかなと(笑)。どんなライバルや困難が現れても、その存在をプラスに変えていきたいなと、今は思います。もっと闘志を燃やしていきたいです。例えば、芝居に疲れてしまっても、自分でマインドコントロールしてでも『芝居するの楽しい!』と思えるようにします(笑)。いろいろな作品を見て、あらゆる努力をしてみたりしますね。
――今回、共演してみて、お互いの印象はいかがでしたか?
渡部篤郎
いい勉強になりましたよ。作品への取り組み方とか、シーンの組み立て方など、真木さんは枠を超えているような気がしましたね。台本を飛び越えて、自分の感情を出していて、『あぁ、そうだ、役というのはこういうものなんだな』と思わせてくれました。予定調和にならないというかね。
真木よう子
渡部さんは、すごく頼もしかったです。初めて共演させて頂いたんですが、私がちょっとうまくいかないシーンがあったときに、渡部さんに『今のシーン、どうでしたか? やりにくくなかったですか?』と聞いたところ、それだけで全部理解してくれて、監督に話してくださったんです。それで、とてもやりやすくなったんですよ。もう渡部さんに付いてこうって思いました(笑)。
渡部篤郎
僕は、誰にでも何でも言う方ですからね(笑)。
――本作は、とても重い内容で、画面的にも暗い作りになっていますが、撮影現場の雰囲気はどんな感じだったのでしょうか?
真木よう子
重苦しい雰囲気は全然なかったですよ(笑)。
渡部篤郎
雰囲気はすごくよかったよね。でも、見ている人には重い感じだと思ってもらっといた方がいいかな。だから、あんまりインタビューでいろいろしゃべりたくないんだよね。韓国ロケでKARAの事務所を探したとか言ったら、映画のイメージ変わっちゃうもんね(笑)」
渡部さんも真木さんも、全力で役に取り組んで演じていることが強く伝わってくるインタビューでした。渡部さんは、本作ではドラマ版ほどダークな“公安の魔物”ぶりを見せていないとお話しされていましたが、いやいや十分にダークでした(笑)。もうハラハラドキドキです! ラストまで一瞬たりとも目が離せない「外事警察 その男に騙されるな」。ほかでは見ることができない“外事”の世界をぜひ堪能してください。