「夏をメドに有機野菜の輸出を考えているが、各国の規制が非常に心配。本当に輸出できるのか」
1月18日に行われた千葉県・農林水産物の販売促進商談会。「輸出促進ゾーン」に出店した農業生産法人「珠樹自然農園」の常世田正樹農場長は不安を隠せない。
原発事故から10カ月が経過したが、諸外国による日本産食品の輸入規制は依然として続き、輸出手続きが大幅に煩雑化している。
震災後間もない3月末、欧州連合(EU)が他国に先駆けて日本産食品の輸入を規制。EUは福島周辺の県で生産された食品に指定した書式の放射性物質検査証明書を、その他の地域には産地証明書を日本側に要求し、さらに現地でのサンプル検査も行うことを決めた。
その後、各国も品目や原産地を指定した輸入停止、証明書要求などの措置を次々と導入。対象品目や産地に関する修正を重ねつつも、こうした規制は、現在でも40カ国以上で続いている。
少子高齢化に伴う国内市場の縮小を見越し、農林水産省は2005年から日本産食品の輸出を強化。最大の輸出先であるアジアを中心にブランド開拓が奏功し、10年は前年比10・5%増の約4921億円と大きく躍進。11年も一段と伸びる予定だった。ところが、原発事故により日本産食品の「安心・安全」というイメージはもろくも崩れ、前年割れの厳しい状態にあえいでいる。
食品輸出を手掛けるメーカーや業者は、証明書取得への対応に追われている。産地証明書の発給には都道府県ごとに申請が必要だ。また、放射性物質検査証明書は、全国に約40カ所ある政府指定の検査機関に検査を依頼し都道府県で発給する場合が多い。検査結果が出るまでに1週間程度を要するうえ、1品目当たり約2万円の検査費用もかかる。大手食品卸の輸出担当者は「関東、東北の中小メーカーの中には、輸出を取りやめざるをえない企業も出てきている」と漏らす。
主な輸出相手国の中で、規制による影響が最も大きいのが中国だ。中国は昨年5月に温家宝首相が訪日した際に、産地証明書を添付すれば輸入を認めると表明した。だが、「原料やその輸送経路などの管理方法について、協議が長引いた」(農林水産省幹部)ため、実際に証明書の書式が整ったのは11月末。放射性物質の検査証明書に至っては、検査方法についての議論が続いており、現在も書式が整っていない。
産地証明書の書式が整うまでの約半年間、中国向けは水産物を除き事実上の輸出停止となり、昨年4〜11月は中国向け輸出が半減した。圧倒的な“胃袋”を持ち、有望市場と位置づけてきた各企業にとっては大きな痛手だ。
中国で145店舗を展開する化粧品・健康食品メーカーのファンケルもその一社だ。原発事故後、コラーゲン飲料などの輸出がストップ。在庫も7月にはなくなり、「消費者離れを防ぐため、ディスプレーだけでもと店頭に空き瓶を並べ続けた」(谷川篤志海外営業グループマネジャー)。また、別の大手食品卸の輸出担当者は「震災後、中国の小売店の陳列棚から日本産がすっぽりと抜け落ち、韓国産、台湾産に置き換わってしまった」と嘆く。
12月以降、産地証明書のみで輸出できる食品が中国に到着しつつあるが、ジェトロ農林水産・食品企画課の花田美香課長は「陳列棚のスペースを回復させ、さらにそれを拡大させていくことは非常に難しい」と指摘する。通関に時間を要する可能性もあり、なお予断を許さない。
さらに、規制が緩和されても、輸出が回復・拡大するかは未知数だ。「震災直後のような風評被害は収まってきている」という声がある一方、「海外のバイヤーは福島を応援したいと言ってくれるが、実際に発注してくれるかは別」(福島県貿易促進協議会)、「宮城県産はかなり避けられている印象」(宮城県農林水産部)という声も聞かれる。
原発事故で輸出が滞った、ちば醤油は「最終的に購入の判断をするのは消費者。納得できるような説明をきちんとしていくしかない」(杉崎進営業企画部主事)と話す。
ジェトロは20日、農林水産物・食品輸出促進対策本部を発足させた。海外バイヤーとの商談会などの事業規模を倍増させる計画だ。日本産食品のイメージ回復へ官民挙げて動きつつあるが、風評被害という高い壁を乗り越えるのは容易ではない。
(週刊東洋経済2012年1月28日号「日本製品の輸入規制が続く食料品、日本産ブランドの受難」より)