電力四社が八日、原子力規制委員会に原発十基の安全審査を一斉に申請したのを受け、参院選の選挙運動中の与野党幹部から、発言が相次いだ。しかし、千葉、茨城、栃木三県を遊説した安倍晋三首相(自民党総裁)は再稼働申請には言及しなかった。
首相は同日の遊説でほとんどの時間を経済の実績を訴えることに割いた。自民党の石破茂幹事長は千葉県君津市で「日本経済に責任を持つことを思えば、安全が確認された原発の再稼働は避けて通れない」と記者団に語った。
与党・公明党の山口那津男代表は高知県南国市で記者団に「安全基準を満たすことが当然だが、その上で国民が再稼働していいかどうか納得することが大事だ」と述べた。
再稼働は容認する一方で、二〇三〇年代の原発ゼロを掲げる民主党の細野豪志幹事長は埼玉県越谷市で記者団に「自民党の中に、規制委に対して圧力をかけるような動きがあるのが問題だ。原発を継続する動きがあるのが心配だ」と述べた。
日本維新の会幹事長の松井一郎大阪府知事は府庁で記者団に「電力会社はぬるま湯の経営で利益を挙げてきた。安易にもうかるほうに突っ走っている」と述べた。
脱原発を掲げる他の野党は再稼働申請を一斉に批判した。
みんなの党の渡辺喜美代表は仙台市で「新規制基準には、原発事故の教訓が全く反映されていない」と指摘。生活の党の鈴木克昌幹事長は取材に「原子力ムラが結託し再稼働ありきで申請しているのでは」と答えた。
共産党の市田忠義書記局長は国会内で記者会見し「福島の事故はいまだに原因が分からないし、収束していない。再稼働は論外だ」と批判。社民党の福島瑞穂党首はツイッターで「いまだに十五万人以上の人が避難を強いられている。なぜ再稼働なのか」と指摘。みどりの風の谷岡郁子代表は「暴挙だ。原発再稼働そのものが不必要だ」とのコメントを出した。
安倍晋三首相は9日、TBS番組で原発再稼働について、「私たちには低廉で安定的なエネルギーを供給していく責任がある。原子力規制委員会が基準に合うと判断した所については、地元の皆さんの同意を得る努力をしながら再稼働をしていきたい」と述べた。同時に、「基準に合わないものは再稼働しない。安全第一が基本だ」と重ねて強調した。
■産経ニュース主張 参院選と原発 再稼働に向け進む好機に エネルギーは国家の基盤だ
国内の全原発に対して大幅な安全強化を義務づけた新規制基準が8日、施行された。
原発の早期再稼働を目指す北海道電力など4電力会社は、5原子力発電所10基について、安全審査を求める申請を原子力規制委員会に対して行った。
安価で安定した電気の供給は、喫緊の課題である。東京電力福島第1原子力発電所の事故を受けて関西電力の2基を除く全原発が止まっている現状では、電気料金のさらなる値上げや、電力不足による大停電の発生が危惧される。
エネルギーの確保は国家の基盤に関わる重大事だ。参院選を通じて原発利用のあるべき姿を各政党間で論じ合ってもらいたい。
だが、原発をはじめとするエネルギーの議論は盛り上がりを欠いている。原子力技術の輸出を含めて、明確に原発肯定の姿勢を示しているのは自民党だけだ。
民主党は「2030年代の原発稼働ゼロへあらゆる政策資源を投入」と、相変わらず脱原発を標榜(ひょうぼう)している。他の政党も大同小異だ。即時廃炉や再稼働の完全否定を唱えている党もある。
では、電力不足の解消はどうするのか。電力会社は計画停電などを回避するために、火力発電をフル稼働させている。燃料代が膨張し、相次ぎ大幅赤字に転落している。液化天然ガスなどの輸入急増で、国の貿易赤字もかつてない規模になっている。二酸化炭素の排出削減にも逆行している。
太陽光や風力などの再生可能エネルギーを一つ覚えのように語るのは、現実逃避に等しい。
福島事故の直後なら、再生可能エネルギーへの過大な期待も許容されたかもしれないが、すでに3年目に入っている。
感情論を克服し、原子力利用のプラス面を、エネルギー安全保障の観点から正当に評価すべき時機に来ている。
日本はエネルギー自給率が4%と極めて低く、先進国では例外的な存在だ。その上、島国なので、欧州のように他国からの電力輸入には頼れない。日本の特異性を自覚することが必要だ。
それでも、福島事故後は原子力発電の必要性を口にしにくい空気がある。心ない悪口や嫌がらせを受けかねないからだ。
「原子力ムラ」や「安全神話」などという言葉でレッテルを貼っての排除や攻撃は、どの国のどの時代においても、もっともおぞましい行為である。
少なからぬ人々が、現実的には原発を動かして電力不足を打開せざるを得ないと考えているはずなのに、それを口にしにくくなっている。この現状が怖い。
政治家も同様だ。脱原発が日本の将来にとって危うい道であることは分かっているはずだが、選挙でそれを口にすると票が逃げるのではないかと躊躇(ちゅうちょ)している。
再稼働を急がなければ、国富の流出が拡大し、立地地域では原発を保守整備で下支えしてきた協力会社の技術が衰退していく。
規制委による安全審査の開始で見えてきた原発の再稼働に関しては、自民党の主導が不可欠だが、規制委の判断と地元自治体の理解に、げたを預けるような公約集の姿勢ではいささか頼りない。
規制委の現在の体制では、安全審査を受けられる原発は、同時に3基が上限とみられ、しかも1基の審査に半年以上を要する見通しだ。申請してから審査に着手するまで、1年以上、待たされる原発も出てこよう。
これではあまりに遅い。国は審査業務の迅速化を促すべきだ。独立性を盾に、それを規制委が渋るようなことはあってはならない。独善性は許されない。
日本の原子力の利用は、取りも直さず世界の問題でもある。その現実を、国民も政治家もしっかり胸に刻むことが必要だ。
日本の脱原発は、新興国への安全確実な原発の供給を危うくし、米国との間で築いてきた原子力分野での協力関係を一方的に捨て去ることを意味している。
民主党政権時代に、当時の菅直人首相らが対応を誤った結果、袋小路に迷い込んでいるのが、日本の原子力政策の現状だ。
そこから抜け出し、日本に必要なエネルギーの活力を回復させる好機が、この参院選の中にあるはずだ。世界の目と地域の目の複眼思考で原発再稼働を考えたい。