■医療に必要なのは「競争」より「協調」
日経電子版編集委員 山口聡
安倍政権の経済成長戦略の中で、「医療」は非常に重視される分野だ。医療で大きなお金が動き、日本経済を引っ張ることが求められている。イメージとしては、規制をできるだけなくして、病院や製薬企業、医療機器メーカーなどが業界内で大いに競争し、その中でよりよい製品、技術、サービスが生まれて、それがどんどん普及していく、といったところだろうか。
ところが、医療・介護制度のあり方を検討している政府の社会保障制度改革国民会議の中で、「今、医療に必要なのは『競争』よりも『協調』ではないか」という視点で議論が起こっているのをご存じだろうか。
日本では、一部に国公立の病院や診療所(クリニック)があるものの、その大半は民間で運営されている。医師は病院、診療所の一国一城の主として、その組織を存続させていく使命を負っているといえる。できるだけ患者を集め、収益をあげていくことが必要となる。
すると、全体の効率性などお構いなしに、患者獲得競争の中で、自らの病院の大規模化、総合化などに走り始める。その結果、人口千人当たりの入院ベッド数は13.6。ドイツの8.3、フランスの6.4(OECDヘルスデータ2012より、ちなみに欧米では病院は公立や、教会、慈善団体が設置するものが多い)などと比べても明らかなように、先進国の中では突出した多さとなっている。本当に必要な地域にたくさんあるかというとそうでもない。数多くあるベッドを空けておくのはもったいない。勢い入院期間も長期化してきた。今現在は入院期間の短期化が起こっているものの、患者の平均在院日数も先進国の中では突出して長い。その分医療費は増える。
CTやMRIといった高額な検査機器の人口当たり設置台数についても日本は飛び抜けている。診療所に置いてあることも珍しくない。高額機器を導入すれば、それも遊ばせておくわけにはいかない。割と安易に検査をするばかりでなく、あちこちの医療機関で同じような検査を受けるといった無駄な事態も起こる。
日本は急速に人口の高齢化が進んでおり、それに伴い医療費も増え続けている。医療費は税金や健康保険料で賄われている。もう医療費ばかりを野放図に増やすわけにはいかない。そこで出てきたのが、「競争」よりも「協調」が必要ではないかという考え方だ。
具体的には、医療機関の役割分担を明確にし、医療から介護、最後のみとりに至るまでできる限り病院や介護施設ではなく住宅で過ごしてもらおうという構想だ。患者はまず、地域のかかりつけの診療所に行く。そこにはいろいろな症状に広く総合的に対応できる医師がおり、その医師の判断で専門的な治療が必要となれば大きな病院、専門病院に行く流れとなる。検査や投薬をあちこちで受けるということもなくなる。入院は必要最小限とする。病院も高度な救急救命医療ができる病院、自宅に戻れるようにリハビリを担う病院、慢性病に対応する病院などに分かれる。
こんな役割分担をするにはまさに「協調」が必要になる。国民会議では、病院の再編のために、病院版持ち株会社ともいうべき新たな医療法人制度をつくる案などが議論される。補助金を使って新法人への移行を誘導していくという。
国内を見ていても、医療は規制をなくして、ただ競争していればすべてよしというものでないことがわかる。日本医療の海外「輸出」、特に途上国への「輸出」に際しては、日本での経験も踏まえて長期的には相手国のためにもなる視点も併せ持ちたいところだ。