欧米でグローバルIT(情報技術)企業の「節税」に対する批判が急速に高まっている。米議会上院は報告書で、アップルが低税率国のアイルランドに利益を集めていると指摘。経済協力開発機構(OECD)や主要8カ国(G8)も企業の課税逃れを防ぐ方策を検討中だ。注目を集めるアップルの巧みな税務戦略と、国際ルール整備の動きを探った。
■海外利益をアイルランドに集中
「(タックスヘイブンの)ケイマン諸島などは使っていません」。5月21日の米上院公聴会で、アップルのクック最高経営責任者(CEO)はこう説明し、税金逃れではないと強調した。
だが議会の報告書は、アップルが2009〜12年で740億ドル(約7兆6000億円)の海外利益をアイルランドに集め、米国の課税を逃れたと指摘した。アイルランドなど低税率国を使った節税策の“元祖”ともいわれるアップル。1990年代から始まった節税手法は、どのような仕組みなのか。
報告書によるとポイントは大きく3つ。1つめは、税率を下げて企業を誘致してきたアイルランドに海外の利益を集めることだ。
アップルのアイルランド子会社(ASI)は、製造業者から製品を仕入れ、高めの価格で欧州、アジアなど海外拠点に販売。海外拠点は単に販売を仲介する形とし、米国外で生まれた利益のほとんどがアイルランドに集まる仕組みにした。
2つめは本社とASIが知的財産の研究開発コストを分担する契約を結ぶ点だ。ASIは本社よりも多くコストを負担、それに見合う分の利益を本社と分け合う。知財が生む付加価値が大きいほど海外に利益がたまる。
米上院が特に問題視したのは3つめのポイント、子会社が現地でも米国でも課税されない「二重非課税」に近い状態に置かれていたことだ。
米国は設立地が国内の会社に課税し、アイルランドは国内に経営機能がある会社に課税する。そこでアイルランドに設立した子会社は、米国に経営実態を置く形にすれば、どちらの国からも基本的に課税されない。
■法律違反なく対応に苦慮
米国には、こうした課税逃れに網をかける「タックスヘイブン対策税制」がある。アップルはこの対策として別の抜け穴を組み合わせた。通称「チェック・ザ・ボックス規則」の活用だ。
具体的にはアイルランドに海外統括会社(AOI)を設立、ASIを傘下に置いて支店扱いにした。そうすれば同規則で課税対象外となる。ASIから最終的に配当を受け取るAOIも、税制の例外規定によって米国からは課税されない。
アイルランドからの課税は当局との交渉で税率(12.5%)を実質2%以下に抑制。アップルはグループ全体の実効税率も約25%に抑えた。
グーグルやマイクロソフトなども、利益拡大を求める株主の声を背景に同様の節税策を実施している。財政難の主要国は厳しい視線を注ぐが、法律違反がないだけに対応に苦慮している。
■課税逃れ、OECDやG8も対策検討
先進国では1990年代からケイマン諸島などのタックスヘイブンや、アイルランドなどの低税率国に利益や知的財産を集める節税策への対応が課題となってきた。
特に近年は、財政難の国々が足並みをそろえて対策に乗り出している。なかでも、複数の制度を組み合わせることで生じる「当局が予期しない節税策」は、経済協力開発機構(OECD)租税委員会が「税源侵食と利益移転(BEPS)」と呼ぶ最優先のテーマだ。
米国では、97年にチェック・ザ・ボックス規則を導入した当初から抜け穴が指摘されていた。数度にわたり規則を見直そうとしたが、本来は納税時の企業の負担を減らすルールだけに反発を受けて頓挫。一国での対応には限界があるのが現状だ。
OECDでは、グローバル企業に世界全体で課税してから各国に配分する方式も浮上している。ただ、「各国の企業税制への影響が大きいうえ、低税率国が存在する状況では効果が薄まる」(国際税務に詳しい太田洋弁護士)という。
世界統一の課税ルールの実現にはほかにも大きな壁がある。中国やインドなど新興国の存在だ。新興国も自国で生まれたグローバル企業の利益が流出していると考えているからだ。
「かつては植民地として、今は知的財産権で搾取されている。税は現代の南北問題だ」。インドの税務当局者が日本の当局者にこう強調したという。中国やインドなどアジア各国の税務当局や研究者からは「自国市場で生まれた利益が外に持ち出されている」という声が相次ぐ。
米英仏独が主導するOECDが統一課税ルールを推し進めれば、「取り分」を巡る新興国勢との争いに発展するのは確実。先進国は「慎重に議論を進めたい」(日本政府関係者)のが本音だ。
実際、OECDと国連は別々の国際課税ルールを提案しており、争いは表面化している。「国連はOECDと違い源泉地国を重視する」。国連のモデル租税条約は、新興国の発展には利益が生まれた国での課税強化が必要だと強調している。
低税率国、新興国、先進国の利害が交錯するなか、グローバル企業に対してどのように課税するのか。答えは容易に見つかりそうにない。