2011年は東日本大震災、円高、ユーロ危機、タイの大洪水と、日本にとっては内外ともに災厄多き年だった。12年はそれ以上に不確実性、不安定性が高まる年となりそうだ、何しろ世界は政治の季節に突入する。1月の台湾総統選に始まり、露、仏、米、韓では大統領選、中国でも政権交代が行われる。北朝鮮情勢も不安材料だ。そうした状況下、12年を予想する上で、何がポイントになるのか。経営者、識者の方々に、アンケートをお願いし、5つのポイントを挙げてもらった。第16回は、著述家・編集者の石黒謙吾氏。
?芸能は日韓輸出合戦&ライブ人気に拍車
生活全体に震災の影響がジワジワと浸透し、根源的な快感を求める傾向が定着する。特に若い人ほどその傾向になる。芸能での大きな流れは、日韓輸出合戦だ。韓国の人は日本のタレントに憧れ、こちらはその逆。典型的な「隣の芝生は青く見える」状態だ。
男性陣は、東方神起、チャン・グンソクに続く人気タレントが流入する。ジャニーズも脅威は感じつつも、もう戦ってどうなるものでもないと、国内で固く牙城を守りつつも、アジアでさらに強力にビジネスを仕掛ける。
女性陣は少女時代、KARA以下やはり同じで、こちらは秋元康の“48ビジネス”が話題の中心となる。日韓の融合と言うより「ノーガードの打ち合い」的様相を見せる。日本の芸能界の安寧が破られた。他に音楽では、CDはおろか配信にすらお金は落ちず、ライブへの欲求がさらに高まる。震災で音楽が癒す力を再認識し、ぬくもりを求めるようになった。たき火を囲んで仲間で太鼓を叩いていた古代のような、プリミティブな感性を取り戻しつつあると感じている。
?野球は、プロ、高校も均一化で中学野球に静かな脚光が
野球は技術的レベルの向上がめざましく、特にここ10年は急激に進歩を見せている。結果、プロ野球に入る選手の質は高いレベルで揃ってきている。その中で優劣がついていくのは当然だが、昔のように差は歴然とはしておらず、非常に微妙なものとなっていて、激しい対戦・競争が行われている。これは科学的な指導法を受けることが、子どもの頃から根付いてきたからだ。そんな世代が続々とプロ入りし始める。ダルビッシュ有や田中将大など若手の中心選手はその先駆け的存在だ。
高校野球では、いまは甲子園常連強豪校でなくとも有能な指導者が来ることで全国レベルになるケースがある。これも「理論的な指導の時代」ならでは。すると差がつくのはもっと下だと、中学野球が熱い。親も子も的確な指導者のいるところに集まり、その流れから指導者の勉強も盛んで飛躍的にハイレベルな野球が展開されている。普通は見る機会がないだろうが、野球好きならこういう状況はわかっていると面白く観戦できる。
?ビールは「安くて旨い」&「こだわり高級」の二極分化へ
日本ビアジャーナリスト協会副会長として気になるところは、価格の魅力から、発泡酒及び第三のビールなどの「麦芽量の少ないビール系飲料」の人気はますます進む。こだわりがない多くの人は、日々常飲するのは香ばしさが少なくても十分というところだ。
実際、日本のビールメーカー各社の研究はハイレベルで全体的に格段に美味しくなった。一方、ベルギービールを筆頭に、輸入ビールが急速に浸透してきた。こちらはビアパブなどで飲めば1杯、1本で1000円前後と高価だが、それでも人気ビアパブは消費が低迷する時代にもかかわらず繁盛している。
これは日本でも「のどごしのビール」ではなく「味わいの違いを愉しむビール」という意識が高まってきたからだ。アルコール度数が高いものも多く、専用グラスで愉しむ。2012年には、世界で展開し現在、東京・大阪で5店舗ある「ベルジアンビアカフェ」もさらに増えるとか。料理と共に、大人のビールをじっくり味わう飲み方が市民権を得る。
?エンタテイメントはさらにニッチに。知的な笑いの復権
映画、音楽、演劇、アート、本……。エンタテイメント、カルチャー方面も二極分化はさらに進行する。資本投下のシステムを作り、大量の広告宣伝で超マスを一網打尽にするような、マーケティングから生み出すコンテンツはさらに増える。
映画なら、大作主義は続き、そこに引きずられる人も数自体は減少はしない。しかし、文化に対する感度の高い人、自分のセンスを通す人ほど、他人のなし崩し的な風評には流されず、オリジナルな好みに向かい、その人数の割合は地道に増えていく。
例えば、低予算のヒューマニズムがテーマの映画などは徐々に注目されるだろう。個人の好みは細分化されていき「ニッチなゾーン(限定的範囲ないしは隙間)」がたくさん立ち上がることとなる。そのジャンルは代わりが効かないので、ファン層は根強く固定され、マスではなくともビジネスとして十分成り立っていく。笑いなどは特にその傾向が明確になる。テレビで見る笑いと、自分ならわかるという共有感覚を持てる、70年代〜90年代の知的な笑いが復権する。
?大手出版社は分社化と、書籍への注力
これもキーワードは二極分化となるが、中途半端に大きな組織は身動きが取りづらくなっていく。それは時代の流れの速さに対して、大人数に意識を変え統制を取って即時対応していくことができないから。
国が救ったり後押ししたりするレベルの規模、たとえばJALのようなら延命の道はあるだろう。大手出版社の分社化は、角川や学研などすでに始まっている。この状況が、他の超大手版元にも起こりうる。
広告収入は大幅ダウンし、大部数でないとペイしないマス系雑誌は売り上げも壊滅状態だ。デジタルコンテンツは話題になるもののまだお金を生みださない。唯一、書籍は資金的、人的リスクは他より少ない。基本は一人の社員編集者が1冊を担当するのだから、そこそこ売れれば単体としては十分ビジネスとして成り立ち、積み重ねていけば赤字は出ない。
そんな状況で、各社は雑誌を廃刊し、書籍に人員を増やし注力することになるだろう。守りの戦略ではあるが、ここを基盤とする独立採算的な経営に進む。
――著述家・編集者 石黒謙吾氏
いしぐろ・けんご/1961年金沢市生まれ。映画化もされたベストセラー『盲導犬クイールの一生』をはじめ、『2択思考』『エア新書』『ダジャレ ヌーヴォー』など、硬軟取り混ぜ著書多数。チャートを用いて構造オチの笑いに落とし込む「分類王」としての著書に『図解でユカイ』がある。編集者としても幅広いジャンルで170冊を手がける。野球とビールと犬と笑いとキャンディーズを愛する。
(2012年1月24日配信掲載 (ダイヤモンドオンライン「タレント・アイドルの日韓輸出合戦は 「ノーガードの打ち合い」状態に突入!」より)
『震災で音楽が癒す力を再認識し、ぬくもりを求めるようになった。たき火を囲んで仲間で太鼓を叩いていた古代のような、プリミティブな感性を取り戻しつつあると感じている。』
沖縄の浜辺での歌垣やそれの現代版などが注目を集めるのではないだろうか。また敗戦後の沖縄では「音楽が癒す力を再認識し、ぬくもりを求めるようになった」が、それを沖縄人は「沖縄人は、あの何にもないときにも音楽を忘れなかった」と言い換えるような「詐欺的文化」も流行るかもしれない。
★プリミティブ (primitive)とは、「原始的」「素朴な」「幼稚な」という意味。
・情報工学において、プリミティブ (primitive) とは、ある大きな構造を表現するのに使われる、もっとも基本的な構成要素のことを指す。
・プログラミング言語において、プリミティブ型とは、構造体やクラスのような複合型を構成する、もっとも基本的な要素の型である。
・コンピュータグラフィックスにおいて、プリミティブ図形とは、複雑な形状を持つ物体を構築するのに用いられる基本的な図形を指す。
・並行コンピューティングにおいて、同期プリミティブとは、同時多発的に行われる資源へのアクセスを並列化するために用いることのできる、基本的な構造のことである。ミューテックス、セマフォなどがこれに含まれる。
★ニッチ(Niche)
適所、適切な地位など肯定的な意味であり、そのような意味で使われることが多い。しかし転じて隙間産業のことをニッチ産業、限定的な市場のことをニッチマーケットといった使い方もよくされ、ニッチ=隙間=限定的=先細りという否定的な意味で使われることも多くなっているようだ。そのため現在では、意味が肯定と否定の間でぶれている。生物学で使われるニッチ(生態学的地位。ニッチェとも)とは、その生物が活動する時間、空間、餌等、環境のすべての資源のこと。同じニッチを持つ他種の生物はいない。
★ゾーン【zone】
地帯。区域。範囲。「スクール―」「―フォーカス」