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皇太子さま 53歳の誕生日‐記者会見の全文

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 皇太子さまは、23日、53歳の誕生日を迎えられました。

 皇太子さまは、誕生日を前に記者会見に臨み、はじめに、発生から来月で2年になる東日本大震災からの一日も早い復興を願う気持ちを表したうえで、「復興に向けた取り組みを国民が心を一つにして支えていくことが大切です。これからも、雅子と共に被災地の復興に永く心を寄せていきたいと思っています」と述べられました。

 また、日本人10人を含む多くの人たちが犠牲になったアルジェリアでの人質事件などを振り返り、「世界の最前線の厳しい環境のなかで、途上国の発展や平和のために尽力されている方々が犠牲になられていることに深く心が痛みます。このような事件が二度と起こらないように願っています」と話されました。

 ことし6月で結婚して20年になる雅子さまについては「苦労も多かったと思いますが、さまざまなことで私を助けてくれ、力になってもらっていること、また、母親としてさまざまな気配りをしながら、愛子の成長を見守り、支えてくれていることに心から感謝しています」と語られました。

 そのうえで、10年目に入った雅子さまの療養生活を振り返り「雅子は、体調の波があるなかで、公私にわたって、できるかぎりの活動をしてきました。そばで見ていると、心身の不調を抱えながら生活していくことの大変さがよく分かります」と述べたうえで、「確かに快方に向かっていますが、さらに療養が必要です。健康の回復を最優先にし、焦らずに、少しずつ活動の幅を広げていってほしい」と話されました。

 一方、ことしで80歳になられる天皇陛下について、負担の軽減が必要だと思われるとしたうえで、「公的行事の数を大きく減らさないとしても、個々の行事のご負担を少なくする方法を考えるなど、周りがいろいろと考え、お助けしていくことは必要だと思います。私も、少しでもお役に立つことがあれば、喜んでお力になりたい」と述べられました。


■皇太子さま53歳に 記者会見の全文

――東日本大震災から間もなく2年となりますが、被災地の復興への道のりは依然険しい状況です。先月にはアルジェリアでイスラム武装勢力による人質事件が起き、日本人10人が犠牲になりました。一方で昨年はロンドンオリンピックでの日本人選手の活躍や山中伸弥京都大学教授のノーベル賞受賞といった明るい話題もありました。殿下ご自身は東南アジア3カ国公式訪問などお忙しい日々を過ごされました。この1年を振り返り、印象に残った出来事についてお聞かせください。

「東日本大震災から約2年がたちましたが、亡くなられた方々や被災された多くの方々のことを思うたびに心が痛みます。今年は例年になく寒く、特に北日本では大雪が降るなど厳しい冬を迎える中、いまだ数多くの方々が仮設住宅での困難な避難生活を送られています。東日本大震災からの復興の道のりは長く、被災者の中には高齢者の方々もおられ、厳しい暮らしが続いていることを深く案じております。仮設住宅での困難な生活や放射能汚染による避難を続けられている方々をはじめとして、被災者の方々が安心して暮らせるよう、一日も早く復興が進むことを心より願っております」

「同時に東日本大震災は我が国国民の忍耐力や共助の心を国の内外に示し、人と人の絆を強めました。またこの1年を通じ、我が国から防災の知識と経験が様々な形で発信され、世界各国でいかされてきています。2月初旬には雅子と共に、国立劇場で東日本大震災復興支援の一環として行われた東北の民俗芸能公演を鑑賞し、出演者や関係者の方々とお会いする機会がありました。600年の歴史を誇り、地域の人々の心のよりどころとなっている伝統芸能を守り、活動していこうとする保存会の人々のすばらしい公演を鑑賞し、震災に立ち向かいながら、伝統を守り続けるひたむきな姿に心を打たれました。引き続き東北の方々の復興に向けた取り組みを国民が心を一つにして支えていくことが大切です。これからも雅子と共に被災地の復興に永く心を寄せていきたいと思っております」

「昨年は欧州の財政危機が注目されましたが、我が国を含め、先進国の経済成長・雇用の維持が容易ではなく、世界経済の停滞により、多くの国で貧困や所得の不均衡が拡大し、若者の失業が増加しています。我が国においても若者がいかに安定した職業に就くかが重要な課題の一つとなっていると思われます」

「昨年6月には、20年ぶりにリオデジャネイロにおいて『国連持続可能な開発会議』が開催されましたが、我が国においても近年、少子高齢化やエネルギー・環境問題、地方の活性化などの諸課題を解決し、若い世代が将来に希望を持ち、高齢者が安心して暮らせる持続可能な社会をいかに創っていくのかに関心が高まっています。またこの1年、いじめや体罰など子どもの教育の問題に改めて関心が集まりました。将来を担う子どもたちが健やかに成長し、若い世代が国の内外で自信を持って活躍し、女性、高齢者、障害者を含め全ての人々が、社会に積極的に参画できるような活力のある社会を構築するために、国民全体が世代を超えて協力することが期待されます。そうした観点から私自身、今年も国の内外で若者やボランティアの方々など多くの方にお会いしたいと思っています」

「また昨年はロンドンオリンピックやパラリンピックが行われ、多くの日本人選手が活躍したことをうれしく思います」

「このような社会の求心力を高めようとする努力の中で、この1年、ロンドンオリンピックやパラリンピックなど世界の連帯を示す行事があった一方で、残念ながら一部の国や地域では武力紛争が継続し、子どもを含め多数の犠牲者や難民が発生しています。我が国の女性ジャーナリストも犠牲になりました。また、いわゆるアラブの春もいまだ先行きの見えない状況が続いており、北アフリカにおいてはリビアで米国公館への襲撃により米国大使などが殺害され、アルジェリアでは天然ガス関連施設が襲撃を受け、邦人を含め多数の外国人が犠牲になるといった痛ましい事件が起こりました。世界の最前線の厳しい環境の中で、途上国の発展や平和のために尽力されている方々が犠牲になられていることに深く心が痛みます。このような事件が二度と起こらないように願っています」

「科学技術の分野では、昨年はヒッグス粒子とみられる新粒子発見、iPS細胞発見に関する山中教授のノーベル医学生理学賞受賞などのニュースが記憶に残っています。山中教授がノーベル賞受賞に当たり、iPS細胞技術による創薬や再生医療を通じ、患者の方々を救いたいとの強い思いを語られたことが深く印象に残っています。そのような志をお持ちの山中教授がノーベル賞を受賞されたことを大変うれしく思いました。技術面では近年スマートフォンが急速に普及し、また、これによるソーシャルメディアが広く活用されるなど情報通信分野の革新を通じ、社会におけるコミュニケーションの在り方が大きく変わってきています。産業技術面での発展は技術革新を通じて、人々の生活を改善するために重要であると同時に、社会に大きな影響を与えます。このため社会がこうした技術をいかに受容し、いかしていくのか、議論を深めていく必要があります。このような視点から今後とも産業技術面での進展に関心を払っていきたいと思っています」

「昨年6月にタイ、カンボジア、ラオスを訪問し、各国の王室、政府あるいは多くの国民の方々との交流を深めました。タイのアユタヤ、カンボジアのアンコールワットなどの史跡を訪れ、各国の長い歴史と我が国との交流に思いをはせるとともに、各国における文化財の保存などに、我が国の関係者が日本の経験や知見をいかしながら、長年関わられていることを目の当たりにし、文化面を含めた我が国と各国との幅広い交流の重要性を再認識しました。本年は日本スペイン交流400周年に当たり、スペインのフェリペ皇太子殿下と共に、名誉総裁として両国の交流が深まるよう、協力していきたいと考えています」

「最後になりますが、私は来月初旬にニューヨークの国連本部で開催される『水と災害に関する特別会合』において基調講演を行う予定になっております。言うまでもなく人類は水なしには生きていくことができません。しかし、水は同時に災害の原因にもなり、水災害により世界各地で多くの生命や財産が失われています。東日本大震災では多くの尊い命が津波で失われました。私は国連『水と衛生に関する諮問委員会』の名誉総裁として昨年来、日本における水災害の歴史を、古い記録や文書をひもとき、当時の災害がどのような状況であったか、また人々がこれにどう対応し、復旧復興がどのように進められたかということについて探る研究を進めておりますが、このような日本の過去の例は、日本はもとより世界各地で起きる水災害への対応や対処の仕方に一つのヒントを与えるものと思っています」

「安全な水を得られるという点で、日本は世界的にもとても恵まれていると思いますが、一方で水に関連した自然災害には度々襲われてきています。その意味でも、私は今後とも日本における水災害の歴史を研究し、日本の経験と教訓を世界にお伝えしていくことができればと思っています」

「また『水』は災害だけでなく、貧困や衛生状況の改善、環境の保護、難民など弱者の保護、地域の安定といった様々な視点から極めて重要な問題です。しかしこれらの問題はこのところますます深刻になっています。最近、グテーレス国連難民高等弁務官やスウィング国際移住機関事務局長とお話しし、このような点を改めて強く感じました。国連はミレニアム開発目標の中で『水と衛生』について『2015年までに、安全な飲料水と基礎的な衛生施設を持続可能な形で利用できない人々の割合を半減させる』という目標を掲げています。安全な飲料水に関する目標については達成のめどが立っているものの、衛生に関する目標達成のために更なる加速が必要となっています。こうした中で、国連『水と衛生に関する諮問委員会』の活動期間が、ミレニアム開発目標に合わせ、2015年末まで延長されることになりました。これに伴い、私の同委員会の名誉総裁としての任期も2015年、平成27年末まで延長することを昨年末にお引き受けいたしました。今後とも、私の専門分野である歴史に関する研究活動をいかしつつ『水と衛生』や『災害』の問題について関係者と協力しながら、取り組んでいきたいと思っております」

――6月に結婚20年を迎えられます。皇太子妃雅子さまと共に歩まれた20年間、楽しかったこと、ご苦労されたこと、いろいろおありだったかと思います。20年の結婚生活を振り返っての感想と、雅子さまや愛子さまへの思いをお聞かせください。

「年月のたつのは早いもので、結婚してからもう20年たつのかと思うととても感慨深いものがあります。この間、夫婦で様々なことを共に経験し、共に支え合ってきました。また愛子も昨年12月に11歳になり、健やかに育っていることをうれしく思いますし、今後の成長を楽しみにしています。雅子にはこの間、苦労も多かったと思いますが、様々なことで私を助けてくれ、力になってもらっていること、また母親として様々な気配りをしながら、愛子の成長を見守り、支えてくれていることに心から感謝しています。今後とも夫婦で協力しながら、また愛子も共に、公私にわたり活動していくことができればと思います。天皇、皇后両陛下には、お心遣いを頂きながらお見守りいただいておりますことに感謝申し上げます。また国民の皆様より私たち3人に対して温かいお気持ちを寄せていただいておりますことに、心より感謝の気持ちをお伝えします」

――雅子さまが療養に入られて10年目となりました。昨年は公務での地方訪問はありませんでしたが、東宮職医師団からは昨年9月以降少しずつ疲れが取れ、徐々にご自身の活動に取り組まれているとの見解が示されました。雅子さまが療養に入られてからの日々を振り返り、どのような思いをお持ちですか。最近のご様子、公務復帰への見通しについてもお聞かせください。

「雅子への気遣いを大変うれしく思います。雅子は、周りの方々からのご協力を得ながら、快方に向けて精いっぱいの努力を続けております」

「この10年を振り返ると、雅子は体調の波がある中で、公私にわたってできる限りの活動をしてきました。その様子をそばで見ていると、心身の不調を抱えながら生活していくことの大変さがよく分かります。そうした中で雅子は様々に工夫をしながら活動の幅を広げ、東日本大震災をはじめ様々な出来事に心を砕き、困難な状況に陥っている人々の生活が少しでも良くなるよう心を寄せてまいりました。また東宮御所内の仕事などで私を支える一方、愛子の成長にも心を配り、愛子が充実した日々を送るようになっていることをうれしく思っています」

「お医者様から既にご報告があったとおり、雅子は一昨年後半から昨年にかけていろいろな疲れが出ておりましたが、最近はその疲れも少しずつ取れてきているように思います。先ほども申し上げましたが、先日も国立劇場で行われた宮城県石巻市の民俗芸能公演を一緒に鑑賞できたことを私もうれしく思いましたし、雅子自身も喜んでおりました」

「雅子は確かに快方に向かっておりますが、更に療養が必要です。雅子には健康の回復を最優先にし、お医者様からご助言いただいているように、体調を整えながら焦らずに少しずつ活動の幅を広げていってほしいと思います。引き続き皆様方にも安心できる環境作りの面でご協力をお願いいたしますとともに、雅子の回復を長い目で温かく見守っていただければと思います」

――愛子さまはご両親の付き添いなしで通学されるようになり、バスケットボール部や管弦楽部など、さまざまな活動に意欲的に取り組まれていると伺っています。4月には6年生になられます。愛子さまのご成長ぶり、最近のご様子について、具体的なエピソードを交えながらお聞かせください。この1年、両陛下、秋篠宮ご一家とはどのような交流をされましたか。

「愛子については5年生になって、学校の勉強も随分大変になってきましたが、授業の科目数とともに委員会活動、クラブ活動などの課外活動も増えて、忙しい中にも充実した毎日を送っているように思います」

「5年生から始めたバスケットボールクラブでは、初めての対外試合で他校を訪れ、他校の皆さんと試合を行ったり、初等科での試合の場合には試合後は交流も行ったり、非常によい経験になっているように思います」

「またこの冬休みには、親元を離れて初めてお友達とスキー合宿に参加するなど、お友達との活動の場も増えてきました。今回のスキーは愛子にとっては、3年近く前の春休み以来の久しぶりのスキーとなりましたが、たくさん練習し少し上達したようで、本人にとっても自信が付いたことと思います」

「何よりも愛子自身が自分で考え、行動することができるようになり、頼もしくなったと感じます。早いもので春には6年生になりますが、愛子が新たな知識を習得し、経験を広げながら健やかに成長していくよう、雅子と共に見守っていきたいと思います」

「天皇、皇后両陛下には、私たち3人にお心遣いを頂きながらお見守りいただいておりますことに感謝申し上げます。両陛下にはお誕生日のお祝いや様々な行事を含め、3人でお会いすることがこの1年度々ございましたが、御所に上がらせていただいた折に、お食事をご一緒したり、両陛下に愛子が静養で集めた貝殻をお見せしたり、昨年の宮内庁職員文化祭に、皇后陛下が作品を出展される際には折り紙の制作をお手伝いさせていただいたり、楽しく過ごさせていただいております」

「秋篠宮家とは様々な機会にご一緒し、子どもたちで楽しく過ごすことがあります。愛子はそうした機会などに、佳子ちゃんや悠仁ちゃんとご一緒し、楽しくお話をしているようです」

「国民の皆様に温かく心をお寄せいただいていること、多くの方々に愛子の成長を支えていただいていることに感謝しております」

――天皇陛下の心臓手術から1年がたちました。陛下は昨年の会見で「しばらくはこのままでいきたい。病気になったときには、皇太子と秋篠宮が代わりを務めてくれますから、何も心配はなく、心強く思っています」と述べられました。今年80歳になられる陛下の公務の在り方についてどのようにお考えですか。手術前後やご回復の過程で、陛下や皇后さまとはどのようなお話しをされましたか。陛下は「天皇の務めには国事行為のほかに、公的に関わることがふさわしい象徴的な行為という務めがある」とも述べられましたが、将来天皇となられるお立場から、殿下ご自身は公務をどのようなものとお考えですか。

「天皇陛下には、昨年2月のご手術の後、順調にご快復になられていることを大変うれしく思っております。ここには天皇陛下のご快復への強いお気持ちと皇后陛下の献身的なご看護がおありになったことと思います。ご手術に当たり、陛下には3月11日の東日本大震災1年の式典へのご出席を念頭に置かれてご手術の日取りをお考えになられましたが、式典にご出席になることがおできになり、ご安堵されたと思います。また先生方にはよくご準備をされておられたとのことで、陛下も安心して手術に臨まれ、関係者の尽力を深く多としておられ、私も感謝したいと思います。私も雅子もご手術のご成功と順調なご快復を心からお祈りしておりました。臨時代行を務めたことに対して陛下からは温かいおねぎらいのお言葉を頂きました」

「陛下のご公務については、陛下ご自身が昨年のお誕生日の記者会見に際して『負担の軽減は、公的行事の場合、公平の原則を踏まえてしなければならないので、十分に考えてしなくてはいけません。今のところしばらくはこのままでいきたいと考えています』と述べられています。このようにお仕事の一つ一つを心から大切にされている陛下のお気持ちを大切にしたいと考えますが、同時に陛下のご年齢を考えますとご負担の軽減は必要と思われます。どのような形でご負担の軽減が可能なのか、ご出席になられる公的行事の数を大きく減らさないとしても、個々の行事のご負担を少なくする方法を考えるなど、周りがいろいろと考え、お助けしていくことは必要だと思います。私も少しでもお役に立つことがあれば、喜んでお力になりたいと思います。天皇、皇后両陛下にはご公務で大変お忙しい日々を送っておられますので、くれぐれもお体を大切になさっていただきたいと思っております」

「また公務についての考えにつきましては、以前にも申しましたが、過去の天皇が歩んでこられた道と、そしてまた天皇は日本国、そして国民統合の象徴であるとの日本国憲法の規定に思いを致して、国民と苦楽を共にしながら、国民の幸せを願い、象徴とはどうあるべきか、その望ましい在り方を求め続けるということが大切であると思います。同時に、これまで行われてきている公務を踏まえつつ、将来にわたり生じる日本社会の変化に応じて、公務に対する社会の要請に応えていくことが重要であると考えております。私としても常に学ぶ姿勢を忘れずに、他人への思いやりの心を大切にしながら、世の中のためにできることを心掛けてやっていきたいと思っております」

――第5問目に関連しまして、先ほど臨時代行について、陛下から温かいねぎらいのお言葉があったと述べられましたが、どういうお言葉だったのでしょうか。さらに陛下とのコミュニケーションに関して、昨年、一昨年くらいから御所で陛下と殿下と、また秋篠宮殿下と長官も入って懇談をされていると伺っていますが、その際どういった話題が話されているのか、また、今お述べになられた象徴天皇の在り方について、例えば陛下から直接お考えをお聞きになるような場面があるのかなどについてお聞かせ願います。

「陛下からは具体的には臨時代行のお仕事本当にご苦労さまでしたというような非常に温かいお言葉を頂戴いたしました。もちろん私は臨時代行を務めた後は必ず陛下の所に伺って、臨時代行としてどのようなことを私が行ったかといった個々のことをご報告申し上げておりますので、それに対していろいろご質問もあったりしましたけれども、その後で本当にいろいろご苦労でしたということをおっしゃっていただいて、本当に私自身も大変うれしく思いました。また、陛下の所でのいろいろな話し合いについては、発表事項では特にないので、細かいことは申し上げるつもりはありませんけれども、私、それから秋篠宮が折に触れて、陛下の所で陛下のご意見を伺ったり、あるいはいろいろな意見交換をするということは非常に私自身も大切なことだと思いますし、私自身も大変有意義な一時を過ごさせていただいております。最後の質問については、陛下と折に触れてご質問の象徴天皇の在り方について、具体的にどういうことを話しているかは申し上げられませんけれども、陛下ご自身がいろいろ思われていること、あるいは体験されてきたことなどをお話しくださるので、私としても本当にいろいろと参考にさせていただいておりますし、大変有り難いことだと思っております」

――1問目の関連のお話の中で、来月の米国のご旅行と国連の会議のご講演の話がありましたけれども、今回の基調講演を通じて世界にどのようなメッセージを殿下は発信したいとお考えでしょうか。お聞かせいただければと思います。

「少し先ほどもお話ししましたが、一昨年の3月11日の東日本大震災で非常に大きな被害を受けたように、日本は度々水災害の被害に遭ってきて、そういった経験は今までいろいろと蓄積されていると思っています。そういったことが昔の古い記録、それから文書などをひもといてみると、その中にいろいろと書かれておりまして、被害状況がどうだったかとか、当時の人々がそれにどういうふうに取り組んだかということも細かく見ていくといろいろなことが書かれております。そういったことは、もちろん今後の復興についても参考になると思いますし、世界でも似たような水災害などがあった場合に、何らかのヒントになるのではないかと思います。私としてはそういったいろいろな日本の過去の経験を今回国連の場でお話しして、そして世界の多くの方々の参考にしていただければと、そういうふうな思いでおります」

――雅子さまの治療についてお聞きしますが、医療の現場では診断や治療方針について主治医以外の医師の意見を聞く動きが徐々に広がっています。いわゆるセカンドオピニオンというものですが、雅子さまの療養が10年目となった今、東宮職医師団以外の医師から意見を聞くことも有効ではないかという声も出ているのが現状です。殿下は、雅子さまの治療に対してセカンドオピニオンを用いるお考えはございませんでしょうか。

「私としましては、今まで見ておりますと、東宮職医師団が大変に良くやってきていただいていますし、その治療を私も非常に深く多としておりますので、今のところセカンドオピニオンという考え方は特にございません」




























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