安倍晋三首相の金融政策のブレーンとして内閣官房参与に就任したイェール大学名誉教授の浜田宏一氏。日本外国特派員協会で行った講演で、日本銀行はより積極的な金融緩和を行うべきだと主張した。
2012年12月に行われた衆議院選挙での政権交代後、安倍晋三首相の金融政策のブレーンとして内閣官房参与に就任したイェール大学名誉教授の浜田宏一氏。金融緩和によって適度なインフレを起こすことが景気回復につながるという“リフレ派”の代表的存在である。
先日出版した著書『アメリカは日本経済の復活を知っている』で、世界中の中央銀行の考え方を紹介し、日本銀行を批判した浜田氏。1月18日に日本外国特派員協会で行った講演で、「2012年11月以降の株高円安は、それまでの日本銀行の金融政策が誤っていたことを示した」とコメント。今後について、日本の成長率を高めるため、より積極的な金融緩和を行うべきだと主張した。
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浜田宏一
私は今、「どうしてこんなに経済政策は長い間、間違えるんだろうか」と非常に興味を持っています。米国の銃規制などを見ていると、普通の人が正しいと思うことが政治の過程ではなかなかうまくいかないことがあるわけですが、日本の金融政策がこれほどまでに長く、どちらかというと緊縮の方に15年間も続いてしまったということが非常に不思議に思えます。
その理由の1つとして、政治家のいろんな利害などが妨げていたという考え方がありますが、もう1つに本当はみんなが理解していないんじゃないかということがあります。私は安倍晋太郎元外相ゆかりの安倍フェローというものになったのですが、そこで調べていたのは「どうして金融政策は間違えるか」ということです。
学者とすればアイデアが重要だ、自分のやっていることがちゃんと理解してもらえることが一番重要だと思いたいのですが、なかなかそうはいきません。「インフレーションをわずかに起こすことが重要なんだ」といくら説いても、なかなか理解していただけない。日本のメディアはもちろんのこと、外国の新聞を見ても、「日本銀行のデフレはいいことだ」とたくさん出てくる状況です。
経済成長のために、人口増は絶対必要です。しかし、「人口減がデフレの要因である」と言ったまともな経済学者はいないのですが、日本ではそれが盛んになって、日銀の白川方明総裁までそれに乗って喋っていた状態です。
ただ、そういう状態をよく理解してくださる政治家が現れること、安倍首相が現れたことでアジェンダセッティング(議題設定)が全然変わってきました。そうなると私が一生懸命「これが重要です」と言わないでも、支持くださる方も増えてきたわけです。そういう意味では、アイデアより、ポリティカルリーダーシップが重要なのかもしれません。
※アジェンダセッティング【agenda setting】
マス-メディアで流通する情報の範囲や頻度などによって,受け手の中にその情報を議論するときの文脈・枠組みが習得されていくこと,またその現象。議題設定。
※ポリティカルリーダーシップ 政治的指導者? 政治主導?
11月14日から株価が上がり、円が安くなりました。それまで日本の新聞はあらゆるところで「金融政策がきかない」と書いてきたわけですが、このような事実を見せられた時にそういう理屈付けるための経済学が間違っているということがだんだん分かってきたように思います。
来週に入ると、日本銀行が何らかの意味で本当に金融緩和の手段を取るでしょう。今までほとんど何も手段を使っていないということ、白川総裁が言っていることは本当ではないとみんな分かってしまいました。(衆議院解散時に)将来首相になる人が金融緩和することにコミットしていることが分かったことで、これだけ株価が上がり、円も安くなったからです。
※コミット "commitment"のコミット?
誓約、約束、公約、確約、義務、責務、責任、関与、かかわり合い、参加、傾倒、深入りなどいずれの言葉においてもニュアンスを伝えきれないので、"commitment"はコミットメントと訳したとのことです。コミットを日本語に訳した段階で微妙に異なるニュアンスになるようです。正確さより、日本語訳にすることを優先するなら、決意表明の意味。
私は東京大学の経済学部で、法学部や経済学部の将来、官僚や政治家になる人を教えてきました。ですから、そういう人たちの理解がないというのは、何か自分にも降りかかってくる感じがありますね。現在の政治家、日本の主たるジャーナリストなどは、不況の時には財政政策しかきかないんだという昔のケインズ経済学を絵ときで教えられていたんですね。もちろんケインズはいろんな意味で偉かったわけですが。それは固定相場制の時には正しかったと思いますが、変動相場制の時にはまったく正しくないわけです。
難しい言葉ではマンデル=フレミング理論というのですが、経済学は完全雇用ではないところでは財政政策も金融政策も必要ですが、特に変動相場制では金融政策が主とならないといけないとなっています。これは200年くらいかけて経済学がやっと到達した知恵の1つです。それがどうも理解されていません。
※マンデル=フレミング理論 マンデルフレミングモデルのこと。Mundell-Fleming modelは、マクロ経済学におけるIS-LM分析の枠組みを海外部門に導入した、開放マクロ経済学のモデルである。マンデルフレミングモデルは、ロバート・マンデル(1932年10月24日 - )とジョン・マーカス・フレミング(1911年 - 1976年2月3日)の2人の経済学者の名前をとっている。いくつかの仮定のもとで、固定相場制や変動相場制における金融政策や財政政策の国民所得に与える影響について、理論的なモデルを提示した。
※完全雇用……マクロ経済学上の概念であり、ある経済全体で非自発的失業が存在しない状態
※財政政策……国の財政の歳入や歳出を通じて総需要を管理し、経済に影響を及ぼす政策のこと。
※金融政策……中央銀行が行う金融面からの経済政策のこと。
今、自民党の政策で一抹の不安があるとすると、「財政政策がないと金融政策はきかないのではないか」と思っている党の人、あるいは閣僚の一部も存在することです。私は金融緩和しても、何も効かなくなったという時に初めて財政政策が後押しをするという、副次的な役割をすべきだと思っています。財政政策を拡張した時に金利が上がってしまって、内需はあふれるけど、外需がその分だけ落ちてしまうということが起こらないようにするため、金融政策を十分にやらないといけないわけです。
私はこの点については少し極端で、世界の学者、例えばクルーグマンは財政政策も日本で必要だろうと言っていますし、経済学者のマイケル・ウッドフォードなんかと話をしても、金利がゼロになってしまうと、やはり財政政策をやる必要があるだろうと世界有数の経済学者たちは思っています。ただし、財政政策を拡張して補正予算を作ってということになった時、また増税することになって、それが経済構造にゆがみを与えることを心配しています。
※クルーグマン ポール・クルーグマンのこと。Paul Robin Krugman, 1953年2月28日 - は、アメリカの経済学者、コラムニスト。現在、プリンストン大学教授、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス教授を兼任。1991年にジョン・ベーツ・クラーク賞、2004年にアストゥリアス皇太子賞社会科学部門、2008年にはノーベル経済学賞を受賞した。
・1980年代のバブル不況後の日本の経済をニュー・ケインジアン的なモデルを使ってモデル化し、流動性の罠に落ちていることを指摘し、デフレーション不況に対する日本政府や日本銀行の対応の遅さを繰り返し批判してきたが、2007年以降の金融危機には、かつて自分の主張を受け入れなかった日本の政策当局と同じことしか出来ないアメリカ当局を目の当たりにして「同じような状況に直面し我々も同じことをしている、日本人に謝らなければならない」と自虐的に嘆いてみせた。
・日本銀行が多額の日本国債を引き受けることに関連するインフレーションについては「人々の消費がその経済の生産能力(供給力)を超える状態のときに限り、紙幣増刷由来のインフレが発生する」と述べる。というのも流動性の罠に陥っている状況では、IS-LM分析でLM曲線がフラットになっているためにマネタリーベースの増加が金利上昇を喚起しないからである。
・クルーグマンは日本が長期不況から抜け出すための解答自体は極めて簡単であり、お金を大量に刷ること(Print lots of money)で需要を喚起し、インフレ期待を作成することが経済を拡大する唯一の方法であると述べている。この考えは、2013年の安倍政権のアベノミックス政策にも反映された。
※マイケル・ウッドフォード シカゴ学派の経済学者。
しかし、東北の復旧が必ずしも十分にすみやかに行われておらず、またトンネルが崩れたりもしているので、国土強靭化とまでは言わないまでも、日本の国民のために絶対必要な財政支出は存在します。ですから、そういうものを質的に重点的に行うことが重要だと思います。
日本銀行が金融拡張にいかに不熱心であるか、次の4つのグラフをお見せして話を終えたいと思います。
日本銀行が左右できるベースマネーの動きを見ると、英国や米国は大盤振る舞いをして、欧州ですら随分拡張しているのに、日本だけが拡張しませんでした。
※ベースマネー……現金通貨と民間金融機関が保有する中央銀行預け金の合計。
そうすると、りんご(=ドルなど)とみかん(=円)があった時に、りんごだけ増産されたようになるので、円は当然高くなります。もちろんレートだけでなく、「日本は安全だ」ということで集まってくる効果もあるので、ソロスが言ったように金融政策だけで為替レートは決まっていないようなのですが。
そういうことで日本だけ、リーマンショックの始まりごろは1ドル110円ほどだったのですが、そこから20〜30%も高くなっています。一方、韓国などはドルに対して逆に安くなっています。だから全体とすると、韓国企業と競争しようとすると60〜70%のハードル(為替レートの差)をクリアしないといけません。それにはいくら技術が進歩して、能率化しても限度があるわけです。ですから、エルピーダメモリは破産してしまいました。「日本銀行がエルピーダをつぶした」と言ってもいいと思います。
エルピーダメモリは国策会社なので、これがいいことかどうかは分かりませんが産業政策は100%やったわけです。私は必ずしも産業政策を推奨するわけではありませんので、そういう意味では今の成長基盤の強化という内閣の方針、「介入して良くしよう」というのは間違いだと思います。むしろ竹中さんの言うように構造改革で能率を良くしていく方がいいんだろうと思います。
そういうことは別として、エルピーダメモリという独占会社を作ったのですが、60〜70%の(為替のハンデが付いた)競争は勝ち抜けなかったということです。こういうことで鉱工業生産を見ると、日本だけ大きく落ちています。
つまり、日本の国内生産の落ち込みというのはエルピーダメモリだけではなくて、サブプライムショックが起こった国よりもずっと大きかったんです。それは金融政策をサボって、緊急の救済措置をやらなかったからだということになると思います。図には出しませんでしたが、中興国や発展途上国、アジアのライジングスターに比べれば日本の成長率が低いのはやむをえませんが、先進国と比べても日本の実質成長率は極めて小さかったです。それは金融政策の無策が、需要にきいていたからだと思います。
――今、日銀は発行済み国債の11%を保有していますが、この割合に制限はあるべきだと思いますか。
浜田宏一
経済学というのは、医学と非常に似ています。高熱を出している患者にどのくらい新しい薬を投与すべきかというのは、やってみないと分からないところがあるわけです。もちろん常に注意深く薬を与えないといけません。経済においては、例えばインフレーションが起きたら、また違うことをやらないといけないわけです。
私は根本的には一橋大学の林文夫先生と同じ意見で、国の債務を減らすことは基本的に悪いことではないということです。そうすることによって、急激なインフレーションの期待、あるいはインフレーションそのものが起こるということはあまり思いません。政府が多くの債務を抱えていると、国民が「本当に償還できるのか」という不安を抱きます。日本銀行が直接たくさんの国債を購入すると、自分でお金を印刷するわけなので、それで債務は消えるということです。
もちろんリスクはあります。あまり供給を大きくすると、円が増えすぎるので、インフレーションにつながります。確かにそういうリスクはあるのですが、1950年以降、日本ではハイパーインフレーション、あるいは二ケタのインフレーションは基本的に起こっていません。
やや高いインフレーションが起こったのは第一次オイルショックの後だけでした。第二次オイルショックの後には日本銀行が非常にうまい対応ができました。これは私の元恩師である小宮隆太郎先生のアドバイスを聞いたからだということです。その対応がうまかったために8%以下に抑えることができました。そのリスク(ハイパーインフレーション)は常に存在するわけですが、供給をあまり増やさないということを基本的に考えれば大丈夫だと思います。
インフレーションの何が悪いかというと、これは基本的に国民全体に大きな税金を課するということです。つまり価格が上がるので、購買力が下がるということです。結局多くの人たちから、税金をとっているようなものです。ですので、「これは何とか避けなければいけない」と思うのですが、やってみないと今のデフレは脱却できないと思っています。
金融緩和を続けて、価格があまり変動しないのであればずっと続けるべきだと思います。そして、ある点で価格が上昇し始める時に、日銀は何かしないといけません。日銀の方たちは私が聞くところによると非常に高給取りということなので、それは彼らの仕事であるということです。あまりに価格が上がり過ぎるなら、彼らがそれを止めないといけません。
しかし今、日銀は「オオカミが来た!」と叫んでいる少年のような感じで、すぐにハイパーインフレーションが来るのだと脅しているような感じがしますが、そんなことはないと思っています。
――ドイツのショイブレ財務大臣が安倍新政権が目指している将来的な追加金融緩和に強い懸念を表明したのですが、これについてどう思いますか。また、日本政府は問題を解決するために多くの紙幣を印刷すればいいと考えているところがあると思うのですが、持続可能な成長を確立するためにどのくらいの構造改革が必要だと思いますか。
浜田宏一
私は今日のプレゼンテーションを準備していて、新聞を読んでいなかったので、ドイツの財務相が何を言ったのかは知りませんでした。しかし、似たようなコメントは日本の中でも聞きます。リーマンショックの時、為替レートは1ドル100〜110円だったと思います。1ドル110円レベルになったら問題かもしれませんが、過去3年間を振り返ってみると、日本の物価水準はほとんどフラットあるいは少し下がっています。それに対して米国では毎年3%増加しています。
結論から言えば、私は1ドル100円くらいはいい水準ではないかと思います。先日、甘利明内閣府特命担当大臣が「3ケタを過ぎると、輸入価格の上昇が国民生活にのしかかってくる」とお話ししたのですが、「なぜそんなことを言ったのかな」と私は思います。確かに1ドル110円くらいになると問題かもしれませんが、1ドル95〜100円くらいだったら特に心配ないと思います
構造改革は必要かという質問ですが、政府が非効率的な組織あるいは事業を支えることは良くないと思います。日本でも米国でも欧州でも同じことが言えると思います。
つまり言いたいことは、構造改革はとても重要だと思いますし、竹中平蔵氏がずっと唱えているようなアイデアをたくさん導入すべきと思います。今までは多くのプロジェクトを推進するとか、いくつかの補助金を組み合わせて問題に対処してきたと思いますが、違った知恵が必要かと思います。例えば、どのようなインセンティブを民間に与えたら、どのような効果が出るかということをもっとリサーチすべきではないかと思っています。
もちろん例外的な分野もあると私もよく分かっています。例えば、震災からの復興という分野、あるいは米国での銃の規制ということになると、価格のメカニズムにすべてを任せるだけではうまくいかないことがよく分かっています。そういう特殊な分野では政府が介入するべきかもしれませんが、基本的に何が重要かというと、一方ではリフレ政策を実行し、もう一方では構造改革を進めるということではないかと思います。
白川総裁などはインフレ期待があまりにもまん延することになると、みんなの節約という気持ちが強まると心配していると思いますが、それは非常に分かる心理です。例えば紙の値段が上がると、節約するために両面コピーすることになってくると思いますし、安価なものだとそういう節約法でもなくなることがあります。しかし、基本的には金融緩和という価格のメカニズムをうまく利用するべきではないかと思います。
――お話を聞いていると、金融緩和政策を積極的に実行するべきだという一方、財政政策に関してはちょっと懐疑的な目で見ている感じがします。今、安倍首相は両方を推進しようとしているわけですが、明確にしている政策というのは大きな補正予算を組んだということです。この刺激策をどう見ていますか。どういう規模が適切で、どのような必要性があると思いますか。そして将来的にまた新しい刺激策が組まれるとお考えですか。もし、さらに刺激策が必要であるということでしたら、どのような水準が必要だと思いますか。
浜田宏一
私は安倍首相はもう2つのことを実現したと思います。アナウンス効果をうまく利用したと思っています。2012年11月にこういうことをすると発表しただけで、金融市場は非常によく反応してくれました。そういう意味では、もう金融政策を実行し始めたと言えるのではないかと思います。さらに予算を発表していますので、これも合わせて2つの大きなアナウンス効果が出ています。
ここで1つ、告白しないといけないのですが、私は人生を通して経済理論をずっと勉強してきたわけですが、率直に申し上げるとちょっと数字に弱いところがあります。昔、経済企画庁の仕事をさせていただいた時にも非常にショックを受けました。担当者から、「浜田先生、価格や金利がこのような方向に動くとおっしゃっていますが、どのくらいの期間これが続くのか、どのくらい上下するのか」と聞かれたのですが、私は具体的な数字とか聞かれると、これは大学院生などが一生懸命研究するような分野ではないかと思うので、具体的な数字はちょっと控えさせていただきます。
ただ私が非常に懸念していることは、もしかすると多くの政治家やジャーナリストがちょっと誤解しているのではないかということです。つまり、「財政支出は必ずしも経済を刺激するわけではない」ということです。これは金利がゼロの時以外ではということですが、どのくらいの財政支出を考えているのか、どのくらいの質のものを考えているのかということがミクロ経済学的な目で細かく吟味されるべきではないと思います。
つまり本当に必要なプロジェクトを行うべきなのですが、そういうプロジェクトを通して何とか経済を刺激させようと思うのは良くないと思っています。ここでまた告白があるのですが、私はもしかしたら竹中平蔵さんの考えに近すぎるかもしれません。
――小泉竹中改革の時に規制緩和を推し進めたことで、経済格差が広がったという批判がありました。今回、安倍氏が首相になったことで、格差が広がるような施策が多くなるのではないかという社会的な不安もあるのですが、そのことについてどのようにお考えですか。
浜田宏一
日本は非常にホモジニアス(同質)というか、人種も比較的変化がなくて、社会としては全体のレベルを考えると格差の少ない国だろうと思います。
しかし、小泉改革路線があまり国民の同情を得なかったというのは、競争で優秀な人がどんどん伸びてくる面は強調した一方、それを強調するあまり、競争から落ちこぼれになる弱者に対する思いやりを持った経済政策が叫ばれなかったことにあると思います。
小泉時代、競争が盛んになって、みんな競争するから結局はレベルが上がって、むしろ格差は小さくなることも起こったと思います。学者の社会などで競争させるといけないというのは分かるのですが、むしろ格差ができるような競争に耐え抜いていかないと仕事の能力が上がっていかないということで、そういう意味では構造改革の精神は非常に重要と思います。しかし、弱者に思いやりのあるというか、「落ちこぼれた人がどうしていくかという配慮が表面に出てこない社会になりそうだ」とみんなが心配したことはあると思います。
政府が弱者のためにセーフティネットを用意するのは大事です。しかしそうかといって、大金持ちの子どもも、貧乏人の子どももみんな高校授業料の無償化をするというのは、所得再分配効果としてはものすごく不能率ですよね。そういうことはやめていかないといけないんじゃないかと思います。そういう意味で、竹中先生はあんなにいいことをやっているのに、どうしてみんながついていかないのかというのが僕にも疑問です。自分の思うことを真理として述べられるために、そうなってしまうのかもしれませんが。
――もし火星人が突然日本に来たら、安倍総理や麻生太郎副総理を見て、「バカかウソつきでないか」と言うのではないかと思います。なぜなら、彼らは日銀をバッシングして民主党を倒したわけです。一方、3年前に民主党は官僚をバッシングして政権をとったわけですが、その結果はみんな分かっているわけです。さらに数年前には、安倍さんや麻生さん、福田康夫さんがトップだったわけですが、当時は「OECD諸国の中で最も無能なリーダーだ」とみんなで笑っていたわけです。どうしてこういう人たちがより良い政策を実行できると思うのでしょうか。
浜田宏一
確かに振り返ってみるといろんなミスがあったかもしれませんが、各政治家はその時正しいことをやろうとしていたと思っていたと私は思います。そして少なくとも安倍首相について言えることなのですが、彼はずっと続けて日銀を批判してきたわけです。そういう意味ではこれは大変評価できることではないかと思います。麻生さんについてですが、私が経済社会総合研究所の所長を務めた時、そのトップは麻生さんでした。2カ月くらいだったのですが、元上司を批判するのはちょっとつらいところではあります。
私は政治家が日銀をバッシングしたのは悪くはなく、長い間、間違った政策を実行していた日銀をそのまま放置していたことが良くなかったと思います。質問者の方は日銀の政策は正しいと思っているようですが、私は日銀の政策は間違っているものだったと思っています。
政治家が今まで怠っていたことは、間違った日銀の仮説を信じてしまったことにあります。日銀が「こういうことをすると、こういうことになりますよ」と脅しのような仮説をずっと言い続けてきたわけです。一時的には財務省もそういうことをしていたと思います。またさらに誰のせいかというと、多くの日本のメディアの方々、また外国のメディアの方々も加わりましたが、このような今までの金融政策が正しいと言っていたので、これも責任を持つべきではないかと思います。
重要なことは、多くの政治家は本当の実質経済のメカニズムを深く理解しようとしなかったということ、つまり日銀にすべて任せてしまったということです。
例え話ですが、ある人が「お腹が痛い」と思って医者に行ったとします。これは日本の経済においては、デフレ状態としましょう。胃が痛いのでお腹の病気じゃないかと疑うわけですし、日本人も経済が何かおかしいのでこのデフレ状態は何かお金に関する問題ではないかと思うわけです。しかし医者が「これはお腹の病気ではない。循環器系の病気だから違う医局に行ってください」と言っているようなことです。それと同じように日銀は「これは金融政策の問題ではないので、財務省とかほかのところに原因がある」、あるいは民間セクターに「構造的にイノベーションをもたらせるような政策を考えてください」と言ったわけです。
つまり日銀は正しい薬を持っていたのですが、その正しい薬を出さなかったというわけです。そしてまたこういう金融に関するツールを独占していたというのが大きな問題ではないかと思います。
――具体的に安倍首相にどのようにアドバイスされているのですか。また政治が専門ではないという話がありましたが、専門家と話していると、中国との関係が経済に大きな影響を与えると言っています。そういう観点からすると、安倍首相の政策は必ずしも日本のためではないのではないかということですが、どう思いますか。
浜田宏一
私は常に安倍首相のアドバイザーを務めているわけではありません。私は『アメリカは日本経済の復活を知っている』の構成に入った時に、安倍氏から電話でいろいろ質問を受けました。その時に非常に恐縮したため、すべて言いたいことを言えなかったので、私の考えをこうして本などでまとめようと思ったわけです。今は大変素晴らしいアドバイザーが首相の周りにいるので、そういう方たちや安倍首相から何か質問があればまた助言していくつもりです。
私が特別参与に任命された時、友人や親戚などから手紙をいただきました。その中で「私は安倍首相の外交に関する考え、憲法改正に関する考えが非常に嫌いなのですが、なぜ参与というポジションを受けたのですか」と聞かれました。私は今は金融政策に自分の仕事を限定しようと考えています。
日本が今、直面している金融の課題はたくさんあります。その中には非常に多くのものがあって、その中に例えば国際貿易なども入っています。しかし、私はポリティカルサイエンスの分野ではまったくの素人です。ただ一つ言えることは、私は現実主義者でもあります。例えば、日本が米国より上回らないといけないとか、何があっても平和憲法にしがみつかないといけないとかではなく、現実的な目で物事を考えたいと思っています。私はゲーム理論をずっと研究していたので、そういう意味でも非常に現実的ではないかと思います。
もちろん外交や政治経済という分野では、1つの国の動きが他の国にも大きな影響を与えるということはよく分かっています。例えば、親米政策を日本が実行することになると、中国を始めとした国々が非常に不安になるかもしれませんし、その逆も言えるのではないかと思います。
しかし、私は先ほども申し上げましたように、国のリーダーというものは1つの原則にしがみつくということではなく、どのように国民を守るのか、国民の福祉を守れるのかということを一番に考えるべきではないかと思います。今は非常に多角的な世界になってきているので、これは簡単に答えが出ないというのも良く分かります。
私は今までのように金融マターに特化するつもりですが、今後、ほかの政治的なアドバイザーにもお会いする機会が増えるのではないかと思うので、それを非常に楽しみにしています。つまり私は外交について首相にアドバイスするつもりはないのですが、違う分野について勉強できることをとても楽しみにしています。
――今回の刺激策ですが、基本的には建設業界を支援するような刺激策だと考えています。しかしこれは昔からある、そんなに支援が必要でない業界ではないかと思います。刺激策はもっと未来に目を向けるものではないか、違う新しい分野に刺激策を導入すべきではないかと思うのですが。
浜田宏一
まったく同感です。日本だけでなく、私は今ボストン郊外のニューイングランド地域に住んでいるのですが、長い冬が終わって雪が解けると、多くの建設工事が始まります。「本当に全部が必要な工事なのかな」と時々思うのですが、どの国でもこのようなことがあると思います。やはり構造改革が必要だと私も思います。
――1月21日から日銀の金融政策決定会合がありますが、どのような政策をするべきだと思いますか。例えば、無制限の国債買い入れなどの金融緩和を続けるべきだと思いますか。あるいは現在行っている資産買い入れ基金は2013年末までとなっているのですが、期限を撤廃すべきだと思いますか。また、2%のインフレターゲット(物価上昇率の目標)について、具体的にこの時期までという具体的な期日を設けるべきだと思いますか。
浜田宏一
大きな質問なので、答えるのは難しいです。ただ1つ申し上げられることは、私は無期限という言葉は嫌いです。いつかはインフレーションの圧力が入ってくるかもしれないので、その時にはちゃんと対処しないといけないと思います。デフレ状態が続いているなら、今のような金融緩和政策は続けるべきだと思いますが、それは患者を見ながら最終的に決めないといけないと思います。
さらにもう1つ申し上げたいことは、いろんな政策は重要なのですが、重要なことは日銀の行動に対して、どのようなインセンティブが日銀側にあるかを考えないといけないと思います。つまり日銀は今まで推進してきた政策を持続させたいという気持ちがありますし、もしかしたら利害を守ろうという力が働いているかもしれません。つまり、今の法的枠組みをそのまま残すということでいいますと、例えば1月21日からの金融政策決定会合でかなり合理的な政策が決まったとしても、そのような政策が今後も続けられる保証がないわけです。つまり今後、メンバーが変わることもあるわけです。
なので、組織としてしょうがないのですが、基本的には日銀が一番好むような抑制的な政策を続けられるような状況を設けることが、とても重要だと思います。つまり、日銀改正法をさらに改正するべきだと思っています。今の日銀法では日銀は目標も立てるのも自分の裁量権で決められますし、目標を果たすために、どのようなツールを使うのかも決められるわけです。
医者に例えると、日銀は薬を選ぶだけではなく、こういう状態が一番いいというのを患者の意見も聞かずに決めているような状況になっています。ですので、そういう判断にはどうしてもバイアスがかかってしまうので、是正しないといけないと思います。
※バイアス 偏見のこと? シカゴ学派偏見とは、偏った見方のことである。差別と密接な関係を持つ。バイアス(bias:本来『偏り』を意味する英語)という外来語が用いられる場合がある。