ローズ米大統領副補佐官(戦略広報担当)は17日、イスラエル軍とパレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム原理主義組織ハマスの軍事衝突に関し、ハマスによるイスラエル領内へのロケット弾攻撃が「紛争を引き起こした要因だ」との見方を示した。アジア歴訪に向かうオバマ大統領を乗せた大統領専用機中で記者団に語った。
ローズ氏はこの中で、イスラエルには自衛の権利があると改めて強調し、「(自衛権行使に当たり)どういった戦術を用いるかはイスラエル自身が決めることになる」と述べた。同国はガザへの侵攻準備を進めている。
イスラエル軍によるパレスチナ自治区ガザ攻撃は、昨年の民主化要求運動「アラブの春」により、周辺国にイスラエルとの明確なパイプを持つ「仲介役」が不在の中で、激化の様相を強めている。米国はエジプトやトルコの調停に期待するが、両国はかつての親イスラエルの立場になく、ガザへの連帯に傾斜する。イスラエルは米国の理解を後ろ盾に攻撃を強めるが、「出口」を見誤れば泥沼化する恐れもある。
今回の衝突は、ガザ側からの散発的ロケット弾攻撃に対し、イスラエル側が14日に大規模空爆を始めたことで激化した。
エジプト国営の中東通信によると、モルシ大統領は一連のガザ攻撃を「あからさまな人権侵害」と非難。「エジプトは以前と違う。アラブ諸国とて同じではない」と指摘し、民主化闘争で倒れた親米・親イスラエルのムバラク前政権との違いをアピールした。
ガザを実効支配するイスラム原理主義組織ハマスは、モルシ大統領の出身母体であるエジプトの原理主義組織ムスリム同胞団の流れをくむ。
一方、トルコのエルドアン首相は17日、エジプトを訪問。モルシ氏、カタールのハマド首長とガザ情勢を協議した。
トルコは非アラブの地域大国としてイスラエルと良好な関係を維持していたが、イスラエル軍による前回08年末の大規模なガザ侵攻以降、対立が先鋭化した。トルコ紙ヒュリエト(電子版)によると、エルドアン首相は今回のガザ攻撃と来年1月に控えるイスラエル総選挙との関連を指摘し、「ネタニヤフ政権は(安全保障を支持獲得に)利用している」と批判した。
エジプトのカンディール首相に続き、チュニジアのアブデッサラーム外相が17日、ガザを訪れて「イスラエルは地域情勢の変化を理解すべきだ」と訴えた。チュニジアもアラブの春で親欧米のベンアリ前政権が崩壊した。
パレスチナ自治区ガザで17日未明、ガザを実効支配するイスラム組織ハマスの首相府がイスラエル軍に爆撃された。地上戦の準備を進めるイスラエル軍が大規模なガザ侵攻に踏み切れば、パレスチナ人の死傷者が急増するのは必至だ。一方、アラブ連盟(本部カイロ、22カ国・機構)は17日、イスラエルによるガザ攻撃に関する緊急外相会合を開いた。周辺国は侵攻回避へ向けて動きを活発化させている。
ハマス政府は声明で首相府への爆撃は4回あり、建物は破壊されたとした。警察本部も爆撃された。同政府によると、これまでのパレスチナ人の死者は少なくとも40人、負傷者は430人に上った。一方、ガザ側からのロケット弾を使った反撃も続き、AFP通信によると、ガザとの境界近くの施設内にいたイスラエル兵3人が砲撃で負傷した。
アラブ連盟筋によると、アラブ連盟はパレスチナが提案したガザの国際的な保護を求める提案について議論する。一方、チュニジアのアブドルサラーム外相は17日、エジプト経由でガザ入りした。首相府跡などを視察し「イスラエルの行為は到底容認できない」と述べた。
アラブ、イスラム諸国は、イスラエルによる軍事行動に強く反発しており、国連などを通じてイスラエルに対する国際的な圧力を強めたい考えだ。ただ、米オバマ政権はイスラエルの行動を支持しており、実効性のある対応を取ることは難しいとみられる。
パレスチナ自治政府筋によると、アッバス議長が17日中にもカイロに向かい、ムルシ大統領やアラブ各国外相らと対応を協議する。自治政府とガザを実効支配するイスラム組織ハマスは対立・競合関係にあるが、連帯を示すため、自治政府元外相のシャース氏のガザ派遣を検討している。
トルコのエルドアン首相も同日、カイロを訪問し、ムルシ大統領と会談した。トルコはイスラエルと外交関係を持つが、2010年にガザ向けの支援物資を積んだトルコ船がイスラエルの特殊部隊に急襲され、乗員らが死亡した事件以後、関係は冷却化。イスラム主義者のエルドアン氏は、イスラエルのパレスチナ占領継続を激しく批判している。
イスラエルの今回の大規模空爆は、来年1月に総選挙を控えたネタニヤフ政権が、強硬姿勢を見せることを狙ったとみられている。だがハマスと「イスラム聖戦」を中心とする武装勢力のロケット弾攻撃が都市部にまで到達したのはイスラエルの想像以上だったと言える。
イスラエルはこれまでも、ガザの武装勢力がスーダンなどを経由してイランから射程の長いロケット弾ファジル5を密輸しているとして警戒していた。だが、武装勢力が実際にエルサレムやテルアビブなどに向けて発射することはなかった。これまでは主にハマスが開発した射程の短いロケット弾カッサムを使用していた。
ガザはイスラエルによる境界封鎖下にあり、経済など様々な面でコントロールされている。都市部を狙えばイスラエルが激しく報復するのは必至で、市民ら約1400人が死亡した2008年12月〜09年1月のガザ侵攻かそれ以上の被害を被りかねないからだ。
だがハマスが強気に出た背景には、イスラエルの封鎖に協力してきたエジプトで、「アラブの春」を経てハマスの母体のムスリム同胞団系の政権ができたことがある。さらに、独裁政権が倒れたリビアからシナイ半島経由で高性能の武器がガザに流れ込んで戦力が向上したことも、これまでにない攻撃に踏み切る決断を後押ししたとみられる。
イスラエル軍は着弾地点の情報管理に神経をとがらせる。ハマスに知れれば、発射の精度向上につながりかねないためだ。地元テレビ関係者は「政府から詳しい場所の報道は止められている」と明かした。
ただ、同軍にとってハマスのロケット弾長射程化は織り込み済みだ。ロイター通信によると、昨年3月に「鉄のドーム」と呼ぶ最新の対ミサイル防衛システムをガザ周辺に初配備した。ミサイルが人口密集地に着地するかを瞬時に識別し、可動式砲台に据え付けたレーダー誘導式ミサイルで撃ち落とす仕組みだ。軍の報道官は、攻撃の最初の3日間で少なくとも222発を撃墜し、「成功率は90%に達した」とアピールした。地元メディアによると、17日にはテルアビブ地域への配備を完了。この日テルアビブに飛来したロケット弾を空中で破壊した。
一方、砲弾の脅威にさらされるイスラエルの市民は動揺といらだちを募らせている。テルアビブ中心部のビーチにサイレンが響いたのは16日午後2時。直後に数百メートル先の沖合にロケット弾が着弾した。保険会社員のヤハブ・タルさん(25)は「もう安全ではない。今までと違う局面に入った」と感じたという。
空爆が4日目に入った17日朝、いつもは通学の子どもたちでにぎわうガザ市内の通りは閑散としていた。学校は閉鎖されているうえ、外で遊べないからだ。
早朝に爆撃されたハマス首相府は建物が完全に崩壊し、半径100メートルにわたり破片が飛び散っていた。同所では前日、ハマス政府のハニヤ首相とエジプトのカンディール首相の会談が行われたばかりだ。
首相府の隣で商店を営むアフマドさん(60)は午前5時ごろ、爆音で目が覚めた。衝撃で自宅兼店舗の一部が破壊された。「空爆は5回あった。ここは軍事施設でなく行政機関だ。ガザ市民に対する犯罪だ」
3軒隣のサルマ・アルバンナさん(50)は家族6人で夜明け前の祈りをしていた。ミサイルが家の上を通過していく音に耳をふさいだ。「娘は恐ろしくて泣いていた。イスラエルはハマスを根絶やしにしようとしている。でも私たちには神がついている」と語った。
空爆は経済にも打撃を与えている。一家で料理店を営むフアド・バッシャーウィさん(24)は、空爆が始まってから客が6割減ったと肩を落とした。「皆怖くて外出しない。肉も手に入りにくくなってきた。停電も頻繁に起きる。こんな生活がいつまで続くのか」