神奈川県逗子市で女性が元交際相手の男に刺殺された事件で、女性は事件前に計4回、男のつきまとい行為を警察に相談していたことがわかった。男は6年にわたり執拗(しつよう)にメールを送る行為を繰り返していたが、事件当日、突然、女性宅に現れていた。県警は男が女性の住所を割り出した経緯を調べるとともに、捜査の過程についても検証する。
逗子署によると、殺害された三好梨絵さん(33)が元教員の小堤英統(こづつみひでと)容疑者(40)と別れた2006年ごろから、小堤容疑者からのメールが頻繁に届き始めた。当時住んでいた東京都内の最寄りの警察署に相談すると、メールが途絶えたという。
三好さんが再び小堤容疑者のメールに悩むようになったのは、別の男性と結婚して逗子市に移り住んだ後の10年12月。相談を受けた逗子署は小堤容疑者の家族を通じて注意し、この時もメールは収まった。
同署は三好さんにメールアドレスの変更を提案したが、「仕事に支障が出る」として変更しなかったという。
11年3月ごろには「刺し殺す」などという文言のメールが届くようになった。翌4月、再び相談を受けた逗子署は、ボタンを押すと同署に緊急の通報が届く電子カードを貸し出し、三好さん宅に防犯カメラも設置した。
同署は同年6月に脅迫容疑で小堤容疑者を逮捕。三好さんの住民基本台帳の閲覧も制限し、小堤容疑者に三好さんの住所が知られないように配慮した。勾留中の7月には、メールの内容が乱暴な言動に当たるとしてストーカー規制法に基づく警告を出した。小堤容疑者は9月、執行猶予付きの有罪判決を受けた。
それでも今年3月下旬にまたもメールが届き始めた。約20日間で1089件にのぼり、三好さんは逗子署に3度目の相談をした。
だが、ストーカー規制法は電話やファクスを繰り返す嫌がらせを禁じながら、メールを禁じる明文規定がない。このときのメールには以前のように「刺し殺す」「ぜってー殺す」などといった、すぐに違法性を問える文言も見つからなかった。同署はストーカー規制法違反にも脅迫罪にも当たらないと判断し、捜査を終えたという。
6年もの間、小堤容疑者はメールを送りつけたものの、三好さんの前に現れることはなかった。しかし同署はその後も小堤容疑者がつきまとうことも想定し、自宅周辺で4〜10月末に少なくとも146回のパトロールを実施。今月も続けたが、小堤容疑者を確認したことはなかったという。
事件が起こるまでの約5カ月、三好さんから同署に相談が寄せられることはなかった。県警は「適正な捜査だった」との立場だが、この間に何が起きたのか、状況を調べている。
6年間にわたり、メールによる嫌がらせを繰り返してきた小堤容疑者が突如、三好さんの自宅を訪れたのは今月6日だった。
小堤容疑者の母親(68)によると、昼前、昼食の用意をしようとした母親に「食べない」と告げ、東京都世田谷区の自宅を出た。県警の司法解剖で、三好さんの死亡推定時刻は同日午後2時ごろと判明しているが、出発した時間などから考えて、三好さん宅に直接向かった可能性が高いと逗子署はみている。
母親は、三好さんにメールを送った小堤容疑者が逗子署から注意を受けたことがあると知っていた。そのため、母親は事件当夜、逗子市内で事件が起きたニュースを知って小堤容疑者の関与を疑った。直後に逗子署から事件の連絡が入ったという。小堤容疑者は事件後、自殺したとみられる。
また、小堤容疑者は三好さんに対する脅迫罪に問われ、昨年9月に懲役1年執行猶予3年の有罪判決を受けている。取り調べや裁判の過程で、容疑者や被告が被害者の住所を記入する被害調書などを閲覧できる可能性があり、署などは小堤容疑者がこうした経緯で三好さん宅を特定したかどうか確認する。
神奈川県逗子市で6日、元教員の小堤英統(こづつみ・ひでと)容疑者(40)がかつて交際していた女性を殺害し自殺したとみられる事件で、小堤容疑者は今年3月下旬以降、約20日間で1089通のメールを女性に送っていたが、県警はストーカー規制法に基づく立件や警告を見送っていた。同法がメールの連続送信を規制対象としていないためで、警察庁の片桐裕長官は8日の記者会見で「今後法律にどう位置づけるかは、非常に大きな検討課題」と言及。事件を機に法改正の論議が高まりそうだ。
ストーカー規制法は桶川ストーカー殺人事件(99年)を機に、議員立法で00年に成立した。恋愛感情に絡む「つきまとい」やその繰り返しを規制、処罰する。拒まれたのに短時間で何度も電話をしたり、ファクスを送ったりする行為は「つきまとい」として規制対象になるが、メールの連続送信は条文に規定されていない。
県警によると、殺害されたフリーデザイナー、三好梨絵(りえ)さん(33)は小堤容疑者から06年ごろ以降、嫌がらせメールを送られ続けていた。昨年4月は1日80〜100通のメールを送られ「殺す」との文言があり、県警逗子署は小堤容疑者を脅迫容疑で逮捕。同7月にはストーカー規制法に基づく警告をした。
メールは今年3月下旬から再び送られ始め、約20日間で1089通に上った。書かれた文言がわいせつなら規制対象になり、脅しなら刑法の脅迫罪に当たるが、同署が全メールを確認しても「別の男と結婚するのは契約不履行。慰謝料を払え」といった内容にとどまり、強制的な措置はとれないと結論づけた。
県警は過去にも「メールを何度も送られた」という女性の相談を複数受け付けたが、文面から規制対象にならなかったケースもあるという。ストーカー規制法は施行5年後の見直し規定があるが、成立から12年たっても見直されていない。岐阜県は05年、条例でメールを繰り返し送って不安を与える行為を禁止している。
警察庁も「被害者から相談を受けても対応が難しい」といった捜査現場の意見を受け、今年3月から実態把握を進めていたという。片桐長官は8日の記者会見で、議員立法で成立した同法について「関係議員とも十分連携しながら、必要な対応を取るように努力していきたい」と述べた。
小堤容疑者は三好さんの住所を知るため、以前の勤務先に連絡したり、インターネット掲示板に書き込みをしたりしていたことが捜査関係者への取材で分かった。昨年6月に脅迫罪で起訴された裁判の過程で住所を知った可能性もあり、逗子署は経緯を調べている。
同署は8日、東京都世田谷区の小堤容疑者宅を家宅捜索。三好さん方アパート1階の掃き出し窓内側に土足の跡があり、ここから侵入した可能性が高く、凶器の刃物は小堤容疑者が用意したとみられるという。
ストーカー被害の相談を受けるNPO法人「ヒューマニティ」(東京都大田区)の小早川明子理事長はストーカー規制法について「電話なら立件できて、メールは立件できないなんて時代遅れ。大量のメールが送られてきただけで十分恐怖。問題が多いのに改正しないのは国会議員が無関心なのでは」と指摘する。
山内久子・秋田看護福祉大教授(67)は95年、長女陵子さん(当時21歳)が同じ大学の男子学生に無言電話や脅迫文などを何度も送られた末に殺害された。「1000通以上のメールは内容に関わらず脅かされ、不安になる。身体的被害に等しく、何らかの法的処分を下せるようにしてほしい」と訴える。
元検事の中村勉弁護士は「メールは電話やファクス以上に身近なコミュニケーション手段となった。時代に応じた柔軟な法改正が必要だ」と強調した。
◇逗子女性殺害事件の経過
04年ごろ 2人がバドミントンサークルで知り合い交際を始める
06年以降 2人が別れ、小堤容疑者が嫌がらせメールを送り始める。三好さんが東京都内で警察に相談
08年ごろ 三好さんが結婚、現住所に転居
10年12月 三好さんが逗子署にメールの被害を相談。同署が家族を通じ小堤容疑者に注意
11年4月 小堤容疑者が「ぜってー殺す」などと書いたメールを1日80〜100通送る。三好さんが逗子署に相談し、同署は緊急通報装置を設置
6月 逗子署が小堤容疑者を脅迫容疑で逮捕
7月 神奈川県警がストーカー規制法により警告
9月 小堤容疑者に懲役1年、執行猶予3年の判決。三好さん方に監視カメラ設置
12年3月 4月までの約20日間に小堤容疑者が「別の男と結婚するのは契約不履行。慰謝料を払え」などと1089通のメールを送る
4月 三好さんが逗子署に相談。同署は10月までに少なくとも146回、自宅周辺をパトロールし、11月も継続
5月 逗子署が三好さんに「事件化は難しい」と伝える。三好さんが「メールが来なくなったので静観したい」と逗子署に申し出る
7月 逗子署が三好さんに最後の電話連絡
11月 三好さんが自宅で殺害され、小堤容疑者も死亡
※警察や関係者への取材に基づき作成