「大陸の花嫁」として戦前、満州に渡った元助産師の永井とくさん(95)=那須町豊原丙=は、1945年8月、旧ソ連軍の満州侵攻と共に始まった苦難の逃避行を生き抜いた。体験を共有する満州開拓団に焦点を当て、「千振」を舞台にしたドラマ「開拓者たち」が1日から、NHK BSプレミアムで放映される。主役は永井さんをモデルとした助産師、阿部ハツ。永井さんと、ハツを演じた満島ひかりさん(26)に、満州引き揚げの体験や役に込めた思いを聞いた。
今生きているのなんて不思議だよ。着の身着のままで逃げて、ぼろぼろになってさ。幼い娘2人も途中で死んでしまってね。食えなかったから生きられないよね……。その悲惨さなんて言葉にできないよ。
(1945年)8月11日。「日本軍の飛行機だ」と思ったら、飛んできたのはソ連の飛行機。そこから長い逃避行が始まった。夫は関東軍の動員で不在。千振駅で汽車に乗れず、4歳と2歳の娘2人を連れて逃げた。馬車は途中で盗賊に奪われて、そこからはずっと歩いた。10月になる前には、もうどうしても歩けなくなってしまってね。山の中に置いてかれて、通りがかりのソ連軍のトラックに助けを求めた。日本兵の収容所のある町に連れて行かれたり、別の町に行かされたり。転々とするうち、娘は2人とも栄養失調で死んだ。亡きがらは川に流したり、一緒にいた人が畑に埋めてくれた。私は見に行かなかった。行けなかった。
雨や雪で道はどろどろ。逃げる途中でお産もあってね。「産婆はいねえか」って言われたら行かないわけにいかない。生まれてもすぐ亡くなってね。みんなみじめだった。
食べるものも水もなくて、私も途中で発疹チフスにかかってしまった。新京(現長春市)に着いたけど、ずいぶん悪くなってしばらく意識がなかった。仲良しの人が看病してくれなかったらだめだったろうね。回復して年が明けてからは、新京の日本人病院で看護師をしていた。「産婆」の免許状だけは逃げているときも大事に持って離さなかった。これがあれば食っていけると思ってたから。
(46年)7月にやっと日本に引き揚げた。秋に那須千振開拓団に呼んでもらって来たけど、こっちも最初は何もなくてね。土だって悪くて作物なんかまともに育たない。それでも食う物がないよりはまし。私はお産の度に、昼も夜も引っ張りだこだった。母子の状態が悪くて病院に運ぶときも、車はないし担架もない。しょうがないから戸板にせんべい布団敷いて妊婦を乗せて、担いで何時間も歩いたこともあった。日本に帰ってきてからも本当に大変だったんだよ。この苦労は私たちじゃなきゃ分からないよ。
戦争は一番罪作り。軍の幹部の家族なんて、終戦の知らせが来るだいぶ前に満州から逃げちゃってさ。敗戦なんて上は分かってたんだから。私たち開拓団は何も知らされなかった。軍が守ってくれるなんてとんでもない。私たちは本当に犠牲者だよ。
撮影では、ここにある土とか、子どもの手を握っている感触とか、人を見ているときの目の感情の伝わり合いとかを大切にしました。セリフや衣装があって役を演じたというより、体験したという感じが強いです。
阿部ハツは真心のある人だなと思う。「こんなに真心を持って生きられるかしら」って。監督とも「人としてできすぎてる」と話しました。だから、満州からの逃避行の後半、苦しいことが続いていく中で、もっと動物的でいいんじゃないかって。目がすわって血走っているような。ただ食べ物がほしい、眠る場所がほしいっていう獣的な顔つきになっててもいいんじゃないかって。
置き去りにされたと思い込んで開拓団長を責める場面では、後から団長役の役者さんに「ハツさんの目が怖くて、僕を見ないでほしかった」って言われました。いろいろなことを感じてやっていけば、その瞬間の何かが映るんだろうなと思いました。
ハツを演じ、ハツとして生きていく中で「分かったつもりになっちゃいけないな」という気持ちを胸に刻んでやろうと思いました。開拓団の方たちにしてみれば「当事者以外には分からない」という気持ちがある。でも「重いものを背負っている」という気持ちはありました。
永井とくさんに何度も聞いたんですが、「楽しいことなんて思い出せない」って言うんです。満州だけじゃない。千振に戻ってきてからも。開拓者の人たちはみんな口をそろえて、逃避行の時は「地獄だった」って。でも、私はまだ自分が「これは地獄だな」と思うようなことを見たことがないから、すごく重くのしかかりました。そして、その地獄は自分たちのせいで起きた地獄じゃなくて、国が始めた、国同士が始めた戦争によって経験した地獄。だから、憤りを感じました。
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《ドラマ「開拓者たち」のあらすじ》
◇満州から那須悲運の逃避行
農家の口減らしとして「大陸の花嫁」になり満州に渡ったハツら4人のきょうだい。
渡満直後は中国人による襲撃など苦労もあったが、次第に穏やかな生活を手にする。しかし、1945年8月、ソ連軍の満州侵攻で状況は一変。苦難の逃避行が始まる。夜通し歩き続け、次々と餓死する子どもたち、集団自決する人々。想像を絶する逃亡生活の末、日本へ帰国したが、貧しい故郷に帰る場所はなかった。那須に開拓の地を求め、新たな生活を始めるが……。
NHK BSプレミアムで全4回放送。1日から毎週日曜午後10時(1日のみ同9時)。
(毎日jp(毎日新聞)「拓魂:那須・千振のいま/1 ドラマのモデル永井とくさん、主演の満島ひかりさんに聞く /栃木」より)