韓国釜山市の古里(コリ)原発近くに住むのは危険だとして、隣接する村が集団移転を電力会社などに求めている。韓国で最も古い原発。全電源を喪失する事故から約5カ月間停止していたが今月再稼働したため、福島の原発事故に重ねて周辺住民の不安は膨らむばかりだ。先進地・日本から学んで原発を導入してきた韓国でも脱原発の機運は高まっており、福島の事故を受けて日本が脱原発をどう進めるのか注視している。
長崎県・対馬から約75キロ、福岡県の約200キロ北にある古里原発。敷地フェンスの真横には民家がぎっしりと建ち並んでいた。「福島と同じ事故が起こればとてつもない被害がある。原発がこれほど隣接する集落は世界中どこにもない」。吉川(キルチョン)里(村)の代表、金明福(キム・ミョンボク)さん(51)は訴える。村には925世帯2700人が暮らす。
今年2月、定期検査中の1号機が作業員のミスと非常用発電の故障により全電源がストップした。約12分後に復旧し、放射能漏れはなかったが、電力会社は事故を隠し、発覚が1カ月以上も遅れた。住民の原発不信が一気に膨らんだが、韓国政府は今月、夏の電力需給の逼迫(ひっぱく)を理由に再稼働を認めた。
フグ漁が盛んなのどかな漁村に原発建設の話が舞い込んだのは70年代。「温排水で魚がたくさん捕れると聞かされた」と金さん。電力会社は村の有力者を日本の原発に視察旅行に連れて行き、現金を握らせていたという。
原発から約1キロに住む李容岩(イ・ヨンアム)さん(65)によると、視察から戻っても有力者たちは何も語らず、原発は次々と建設された。だが疑問を持った住民が視察し、写真を見せて「日本の原発の隣に民家はない」と明かしたことで危機感が広がった。
今、漁をするのは16人だけ。福島の事故も影響し、村は昨年7月、村ごと別の土地に移転させるよう電力会社と上部行政組織の郡への要望に踏み切った。
福島の事故が衝撃を与えたのは吉川里に限らない。今年2月には45の自治体が脱原発を宣言。古里原発の運転差し止めを求めて昨年4月に始まった裁判の原告の一人、脱原発団体の千玄真(チョン・ヒョンジン)さん(32)は「政府が電力逼迫を言うのは市民の反発を萎縮させるためだ。市民は福島の事故で原発に敏感になっており廃炉を望む声は今でも多い」と語る。
日韓で脱原発を目指す市民交流も始まっている。九州電力玄海原発(佐賀県玄海町)の運転差し止め訴訟には韓国から原告3人が参加。5月に釜山市で玄海訴訟の説明会が開かれた際には「日本の脱原発の動きを参考にしたい」との声が寄せられた。原告で牧師の李大洙(イ・デス)さん(56)は「脱原発に向かう日本が数年後に世界のモデルになっていることを期待したい」と日本の行方を注視している。
◇韓国の原発
全23基中17基が日本海沿いにある。24年までに約10基増設し、総発電量の割合を現在の約3割から約5割まで引き上げる方針で、30年までに80基を海外輸出する計画も示している。78年に1号機(58.7万キロワット)が運転を始めた古里原発は全4基あり、加えて蔚山(ウルサン)市にまたがる新古里原発2基が運転を開始しており、さらに2基が建設中。