北朝鮮の故金正日総書記の三男、金正恩党中央軍事委副委員長が、同国の新しい指導者として信任されることを期待しているのであれば、日本で18日に発売された告白本には触れたくないかもしれない。
この本の中で、金総書記の長男、金正男氏は異母弟・金正恩氏について、その心の内を明かしている。それは称賛とは程遠い意見だ。
金正男氏は「父・金正日と私:金正男独占告白」という新刊本の中で、一番下の弟の正恩氏が成功するとは考えていないと述べた。
この本は東京新聞の編集委員、五味洋治氏の新著。同氏は金正男氏と150通を超える電子メールをやりとりし、今回それに基づいて執筆したという。金正男氏は、北朝鮮を統治してきた「金ファミリー」の中の厄介者として知られており、2010年10月から中国の北京に在住している。
この本では、最後の電子メールの内容として、北朝鮮の権力移行に対する金正男氏の率直な評価が紹介されている。同氏は父・金正日氏の死去から間もない今月3日付の電子メールで、「正常な思考を持っているなら、三代世襲を容認するのは難しい。(父親による)37年間の絶対権力を、(後継者教育が)2年ほどの若い世襲後継者が、どう受け継いでいけるのか疑問だ。若い後継者を象徴として存在させ、既存のパワーエリートが父の後を引き継いでいくとみられる」と述べた。
五味氏が金正男氏とハングル語で連絡を取り合うようになったのは、2004年12月に二人が中国の北京空港でちょっとした口論をしたことがきっかけだ。その際に五味氏は金正男氏に名刺を渡した。金正男氏は、五味氏と電子メールでその月に何度かやりとりした後、突然連絡を絶った。
しかし、それから約6年後の2010年10月22日、突然、金正男氏からのメールが五味氏の受信箱に飛び込んできた。金正男氏は五味氏からの大抵の質問には答える意思があることを伝えた。それから二人の間で連絡が緊密に行われるようになった。ただ、五味氏の本によると、金正男氏は二人のやりとりについて、北朝鮮の後継者問題が決着するまで出版物の材料として使わないように釘を刺した。
五味氏の本には、なかなか内情が伝わってこない北朝鮮のことだけでなく、母国を離れた金正男氏の生活の様子も明らかにされている。祖父によって形成され、父の在任中にしっかりと確立された母国の権力移行プロセスに対して、同氏が批判的な評価を示しているのは、北朝鮮の外で生活しかつ同国の権力構造から外れた自身の客観的な見方によるものと思われる。金正日総書記の長男として生まれた同氏は、2001年に東京ディズニーランド見物のため偽造旅券で日本に入国しようとした騒ぎの後、後継者失格の烙印(らくいん)を押されたと考えられている。
金正男氏(2010年6月) 金正男氏は、今月初めに28歳もしくは29歳になったとされる金正恩氏に一度も会ったことがなく、またもう一人の異母弟の金正哲氏とも外国で何度か会った程度であることを認めた。さらに、五味氏の本に引用されている電子メールの中で、金正日総書記の長男でありながら北朝鮮政府とつながりがないため、緊密な関係にある中国中央政界幹部は少ないと明かした。
また別の電子メールの中で、改革と自由化を実現できなければ北朝鮮経済の崩壊は避けられないとの見方を示すと同時に、そのような変革が現在の体制への脅威になる可能性のあると指摘している。
金正男氏は旅好きで(ただ、父の金総書記の外遊に同行したことはない)、アジアにおけるギャンブルの中心地マカオによく出向くという。また、日本通でもある。2010年の冬の電子メールの中では、寒い季節になると、新橋駅の線路下のおでん屋を懐かしく思い出すと語っている。同氏は熱々のおでんを食べるためにその店に何度も行ったそうだ。
昨年12月に死去した北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)総書記の長男・正男(ジョンナム)氏が、異母弟の正恩(ジョンウン)氏が北朝鮮の後継者に指名された直後に当たる2010年10月、東京新聞の五味洋治編集委員に「自分の考えを適切な時期に公開してほしい」としてデリケートな話を打ち明けた理由は何だろうか。
韓国の国策研究所に所属するある研究員は17日「正男氏が日本人記者に電子メールを送り、自分の考えを適期に公開するよう求めた理由を知るには『金正日総書記に改革・開放を主張したため、後継者の座から遠ざけられた』という発言に注目すべき。正男氏自身が北朝鮮の改革・開放の象徴であることを周知させようとする意図が感じられる」と語った。また「金正恩体制が固まっていない中で経済が限界に達すれば、国内外で改革・開放を求める声が高まるだろう。正男氏は、北朝鮮内部で方向性をめぐり闘争が起こった場合、自身が改革・開放勢力の代案になれるというメッセージを送ろうとしたとも考えられる」と説明した。
実際に、正男氏は9年間の海外留学生活を経て、改革・開放にオープンな姿勢を身に付けたといわれる。脱北した故ファン・ジャンヨプ元朝鮮労働党書記も「正男氏が(政権を)取れば、北朝鮮が改革・開放に向かう可能性もある」との見方を示していた。
また、正男氏が叔母の金敬姫(キム・ギョンヒ)氏、その夫の張成沢(チャン・ソンテク)氏との関係について「今でもよい関係にあり、格別な愛情を受けている」と語ったことから、今回の対話録の本当の読者は張成沢氏と金敬姫氏だとする意見もある。
安全保障を担当する政府当局者は「今の北朝鮮は正恩氏を表向きのトップとしながら、実際には張成沢・金敬姫夫妻が摂政をしている状況だ。これを誰よりもよく知っている正男氏が、2人に自身の存在をアピールしようとしたのでは」との見方を示した。
正男氏が単純に、腹立ちまぎれに北朝鮮の内情を話したとする見方もある。北朝鮮事情に詳しい消息筋は「正男氏は緻密で戦略的に行動するというより、気分で動くスタイルだ」と語る。
東国大学のキム・ヨンヒョン教授は「理由は何であれ、正男氏は自身の存在感を際立たせている。金正恩体制に挑もうとしているわけではないが、今自分を印象付けることができなければ、埋もれてしまいかねないと考えているようだ」と語った。
(Japan Real Time「故金正日総書記の長男、北朝鮮の権力世襲を批判―告白本が出版」より)
(朝鮮日報「金正男氏、告白の「適期公開」求めた背景とは」より)
父・金正日と私 金正男独占告白クリエーター情報なし文藝春秋