2012年の音楽シーンをみても、AKB48がリリースしたシングルやアルバムは次々とミリオンヒットを記録し、「国民的アイドルグループ」の勢いはまだまだ衰えをみせていない。そんな彼女たちの“絶対エース”であり続けたのが前田敦子だった。
AKB48が長年目標としてきた、昨年の東京ドーム公演(2012年8月24〜26日)は、前田の卒業公演という意味合いもあって14万人を超えるファンが足を運び、テレビ中継までされるほどの盛り上がりをみせた。
「この年でキラキラした最高の人生を経験させてもらえました。感謝の気持ちでいっぱいです。子供の頃から女優になって映画に出たいと思っていたから、自分がアイドルになって歌を歌って、ファンに応援してもらえるなんて、夢にも思っていなかった。人生って本当に分かりませんね」
その一挙一動が世間の注目を集め、業界を動かすほどの存在。トップアイドルをめざして努力を重ねる女の子なら誰もが憧れるポジションを、いとも簡単に明け渡し、軽やかに次のステップへと進んでいく。2005年から7年余り、青春のすべてをささげてきたAKB48に未練はないのだろうか?
そんな疑問をぶつけると、意外なほどクールな答えが返ってきた。「周囲から『すごいね』と言ってもらえるのが楽しかったぐらい。私がAKB48を背負っているなんてつもりはなかったですね」とさらりと言ってのけた。卒業しても、歌手という立場ではAKB48をプロデュースしてきた秋元康(54)の世話になるそうで、AKB48との共演だってこれからもたくさんあるだろう。寂しい気持ちはないというのだ。
現在も売れっ子であることには変わりはないが、以前のように四六時中仕事に追いかけられることはなく、自分だけの時間が増えた。脱退後、「今までできなかったことを意識的にやるようにしたんですよ」。それは、本当にささやかなことだった。家でゴロゴロしたり、早朝に「食べず嫌い」だったラーメンを食べに店をぶらり訪れたり。これまで仕事絡みでしか行ったことがなかった米ニューヨークへ1週間ほど旅行して、映画館で大好きな映画も鑑賞した。
ごく普通の若者が普通にしていることが経験できなかっただけに、現在は人間の世界に戻った浦島太郎のような心境といってよさそうだ。「お酒を飲んだ後の『締めのラーメンがおいしい』とか『夜中にラーメン食べたくなる』という人がいますが、その気持ちが私はまったく分からなかったんです。さすがに自宅でビールを飲む『家飲み』まではしませんけどね」
アイドル活動という“寄り道”をしたが、幼少時からの夢は俳優になり、映画に出演すること。AKB48時代にヒロインとして撮影に臨んだ映画「苦役列車」(2012年、山下敦弘監督)では、映画の世界を語ってくれる魅力的な人が大勢いた。出会ったこともないような広い世界に触れ、新鮮な気持ちになれた。「楽しかったけれど、今までの人間関係は本当に狭かったと思います。女の子が何十人もいたら誰もその輪に入って来られないと思いますよ」
AKB48を卒業する理由は諸々あったが、「苦役列車」の出演も前田の背中を押したのだ。
今後の活躍の試金石となるのが、5月に公開予定のホラー映画「クロユリ団地」だ。監督は「リング」で有名なホラー映画の大家、中田秀夫(51)。ヒロインを演じた前田は「ホラー映画とはいっても、この作品は人間がいかに誘惑に弱いか、どれほど簡単に誘惑に負けてしまうのか分かりやすく描かれているんです」と話した。中田監督は前田に「悲しさや切なさ、心の底にある深い部分を出してほしい」と強く要望したそうで、「その時しか見せられない自分を出せたと思います」と満足そうだ。
そもそも、仕事へのスタンスは「今も昔も変わりませんよ」。「そのままの自分をさらけ出すだけ。何も作っていないんです。はい。30歳には自分のスタイルを確立して、かっこいい女優になっていたいなあ」
■前田敦子(まえだあつこ)
1991年7月10日、千葉県生まれ。AKB48の中心メンバーとしてカリスマ的人気を誇り、多くのヒット曲を世に送った。2012年夏に卒業。主な映画出演作は「苦役列車」「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」「あしたの私のつくり方」「伝染歌」「那須少年記」など。
■クロユリ団地 ストーリー
13年前から謎の死が続く老朽化した集合住宅・『クロユリ団地』。その事実を知らずに越してきた明日香(前田敦子)は、引っ越した夜から隣の部屋から届く「ガリガリガリ……」という不気味な音に悩まされていた。そしてある日、連日鳴り続ける目覚ましをきっかけに隣室で孤独死した老人を発見してしまう。その日を境に明日香の周囲で恐ろしい出来事が次々と起こるように。老人の死を防ぐことができなかったという罪悪感と度重なる恐怖で精神的に追い詰められた明日香は、隣室の遺品を整理するために来ていた特殊清掃員の笹原(成宮寛貴)の助けを借り、老人が伝えたがっていることを探ろうとする。
貞子を生み出した大ヒット映画「リング」を発表し、日本中を恐怖に陥れた中田秀夫監督。2005年には「ザ・リング2」でハリウッド進出を果たし、「Chatroom/チャットルーム」ではカンヌ映画祭「ある視点」に出品されるなど、日本を飛び出し世界中で活躍を続けているホラー界の巨匠だ。そんな中田監督が、満を持して再び送り出すホラー作品「クロユリ団地」(2013年5月公開)の“恐怖の見開きポスター”が、12月22日より、超数量限定で一部劇場へ投入されることがわかった。
この“恐怖の見開きポスター”は、一見するとごく普通のポスター。しかし、人がポスターの前を通過すると、目を閉じていたはずの本作の鍵をにぎる謎の少年・ミノルが“カッ”と目を見開き、こちらをジッと見つめるという、通常では考えられない恐怖が染み付けられたポスターになっている。
本作は数々のホラー映画を20年近く手掛けてきた中田監督が「“何度見てもチビりそうになるくらい怖い”場面があるというのは初体験」と語るほど仕上がりで、その恐怖を表現するために、ポスターもただのポスターの枠に収まらない、“最恐ホラー映画”にふさわしいものが完成した。
さらにこのたび、来年1月に開催される第42回ロッテルダム国際映画祭でのワールドプレミアが正式決定。中田監督の作品は、同映画祭初出品となる。