フィギュアスケート・グランプリファイナル大会が終わった後に、ソチで優勝した高橋大輔と浅田真央にインタビューしているコーナーがあった。松岡修造がソチのリンクについて聞いている。浅田は「リンクの氷がよかった」といい、高橋は「天井が高くてよかった」という。気をつけて聞いてなければ聞き流してしまいそうな感想である。これについて荒川静香は次のように解説した。
荒川静香
真央の練習拠点の中京大のリンクに似ていて、靴のエッジが適当に食い込む硬さで横滑りしない。ポーズを決めるシーンで、2階席までの天井の低い会場だと胸を張って上を見て、堂々と両手を広げてポーズすると、お客さんがいない方を向かなければならない。3階席まであるソチのリンクは、大輔のエンターテイナーとしての終わり方に相応しい会場です。
こうしたアスリート視点の解説こそ、今の日本のスポーツ放送に必要なものだと思う。
≪イタリア語(翻訳付き)≫浅田真央 2012 GPF FS:白鳥の湖
≪フィンランド語≫浅田真央 2012 GPF EX:Mary Poppins Medley
ソチで開催されるGPファイナルに臨む浅田真央は慎重だった。現地入りは日本選手では最も遅い12月5日の深夜。昨年もファイナル出場権は獲得していたが、大会直前に母・匡子さんが逝去したために欠場しており、今回は2008年以来4シーズンぶりの出場となった。
2週間前のNHK杯後に腰痛が再発していたという理由もあっただろうが、「いつも現地へ入る時はベストの状態にしているので。ソチへ入ってから調子が下がらないように、ギリギリまで日本で調整していた」と、これまでの経験をふまえて決めたスケジュールだった。
翌日、午後1時過ぎからの公式練習で音楽のかかる順番が一番目だった浅田は、ジャンプやスピンをすべてパス。つなぎとステップシークエンスを確認するだけにとどめた。そして、その後ほかの選手の曲がかかっている約30分間は、ひとつひとつのジャンプをじっくりと確認するように跳んでいた。
浅田真央
ファイナルは初めて出た大会で優勝して以来、何回か出ていますけど、久しぶりだからといって特別な思いはないし、どの試合でもやってきたことを出そうと思うだけです。
平常心を強調していた彼女の落ち着きは、7日のショートプログラム(SP)になっても変わらなかった。
最初のダブルアクセルを余裕を持って降りると、今季は回転不足が目立っていたトリプルフリップも、「跳ぶ前に体を使った反動をなるべくつけないで、シンプルに入るように修正した」と、回転不足にならないジャンプで次のダブルループにつなげた。さらに、スピンとステップはすべてレベル4と、まさに快心の演技だった。
終わってみれば、ファイナル1位進出のアシュリー・ワグナー(アメリカ)を技術点、芸術要素点でともに上回り、0・52点差ではあるもののSP首位。大会前に再発した腰痛の不安も乗り越えたように見えた。
しかし、フリー当日に異変が起きた。「朝の練習から腰の痛みが気になっていた」という浅田は、試合直前の6分間練習では「まったく力が入らない」状態だったという。実際、練習を見ていても、3回転ジャンプを跳んだのは2回のみ。得意のアクセルジャンプも3回試みてすべてシングルアクセルと、傍目にも異常は明らかだった。本人も佐藤信夫コーチに「滑れないかもしれない」と弱音を吐いたほどだった。
だが試合が始まると、追い風も吹いてきた。SP3位の鈴木明子はジャンプで2回転倒し、3位のワグナーも2回転倒して得点を伸ばせなかったのだ。
浅田真央
信夫先生と(佐藤)久美子先生に話をしたら、『やるならやる。止めるなら止める。決めなさい』と言われて、やるしかないと思いました。リンクへ出る直前まで不安だったけど、最後に信夫先生に『この状態でどれだけできるか試しておいで』と言われたんです。それで腰の痛みを怖がらずに思い切って、最後までやってみようと思いました。
こう話す浅田は、冒頭のトリプルループからダブルアクセル+トリプルトーループの連続ジャンプを丁寧に決めて波に乗った。結果的には回転不足が2回とルッツのロングエッジ、3回転サルコウが2回転になる失敗もあったが、ジャンプのミスは最小限に抑えた。
そして、終盤のステップシークエンスやコリオシークエンスでは、腰の痛みでいつものようなスピード感は見られなかったが、ひとつひとつを丁寧にこなし、出来ばえの付加点もきっちり獲得した。
結局、技術点こそフリー2位のエリザベータ・トゥクタミシェワ(ロシア)に0・26点及ばなかったが、丁寧な滑りと演技で芸術要素点は5項目すべてで他の選手を圧倒。フリーで129・84点を出し、合計196・80点という高得点で、4大会ぶりの優勝を決めた。
浅田真央
今シーズンは中国杯とNHK杯ではフリーが良くなくて悔しい思いをしたので……。今回は悔しい思いをしたくないと思って滑りました。技術的にもこの2年間はいろいろできないこともあったので、その修正で頭の中がごちゃごちゃになったり、気持ちも落ち込んで不安になる時もありましたけど、優勝という形で(ファイナルに)戻ってこられたのは嬉しいです。
腰に痛みを感じながらの今回のファイナル出場も、「自分にとってはいい経験だった」と振り返る浅田。「練習内容や試合への気持ちや体の持っていき方の勉強になった」と、その発言は前向きだ。
2010年のバンクーバー五輪イヤーを終えて以来、すべてのものを一から作り直し始めた浅田は、昨季まで苦しいシーズンをおくってきた。その中で、今季は試合でのトリプルアクセルを封印し、できることからやり直そうと決意したシーズンでもある。
ただ単に結果を追いかけるのではなく、ひとつひとつの要素を丁寧にこなしていき、演技や技術を磨いて、本当の土台を作る時だと考えたのだ。
そして、今回の196・80点という高得点は、「ジャンプの浅田真央」ではなく「成熟したスケーター・浅田真央」が評価されたことの表われだろう。コツコツと努力してきたことへのご褒美といえる優勝でもある。
浅田真央
今回は自分のエレメンツをミスなく確実に滑ることが目標だったから、大きなミスがでなかったことが一番よかったと思う。
外国人記者からの「トリプルアクセルは跳ばないのか」という質問にも、「今も練習はしているし、大会の公式練習で何回か降りたこともあるので……。自分もレベルアップを目標にしているので、いつかは跳びたいなと思っています」と明るい笑顔で答えた。
今回のGPファイナルでの勝利で、浅田真央は再び世界の頂点へ向けて羽ばたき始めるはずだ。